▼ 2008/09/15(月) 昔咄し
コンセプトテーマ曲:「ミッドナイトブルース」 作詞:荒木一郎 作曲:荒木一郎 編曲:チト河内 歌:荒木一郎
葛西辰由が「散弾銃の辰」と呼ばれた若き日を勝手に想像して綴ってみました。
今日は久々に、詩音さんからも茜さんからも解放されて自分の時間を過ごしている。
少しばかり足が遠のいていた昔馴染みのバーで一人、ゆっくりと噛みしめるようにスコッチを味わっていると店内のBGMがやけに懐かしい曲に変わった。
「あいつの歌ってた唄だな……」
ありがたくない二つ名で呼ばれた頃、数少ない心を許せる人間の一人にあいつが居た。
流しのように店を廻ったり、時には街角に立ってギター一本で唄を歌って日銭を稼いでいたあいつ。
まだ粋がって鹿骨を肩で風を切るようにして剥き出しの殺気を漂わせるように歩いていた、ガキと言っても良い頃の話をふと思い出す。
兄弟分と二人、気ままに突き進み、遮るものを全てぶち壊していたあの頃。
荒事ばかりの日々は時々、茜さんの昔話や詩音さんからのしつこい質問などで思い出す事もままあるにせよ、余り自分にとって好ましい話題ではないが故に口にする事を避けていた。
何かと言えば大暴れして散弾銃を振り回し『散弾銃の辰』なんぞと呼ばれて悦に入って居た自分を恥ずかしいとすら思わないでもない……
そんな日々でも心安らぐ時間はあった。
例えばこのバーで、あいつと語らい、あいつの歌うブルースに聞き入っていた時間。
決して上手い訳ではないが、あいつの唄は訳もなく心を揺すり熱さを伴っていた。
「辰っちゃんさ……将来の夢とかあんの?」
「さぁなぁ……ヤクザ稼業に足突っ込んじまってるし、独りもんだし……このままなんじゃねぇかな?」
「そっか。辰っちゃんらしいって言えばらしいんだけどさ、ははははは」
あいつには夢があった。
自分の唄を多くの人間に聴いて欲しいという素直で高潔な夢が……
仲間内でも妙にあいつは別扱いされていた。
ほんとなら、みかじめも払わないでシマ内で唄なんぞ、誰かが締め上げて叩き出しててもよさそうなもんだが、誰もそれをしようとしなかった。
中には「『散弾銃の辰』のツレだから手出すな」というような話もあったと聞いたが、間違ってもあいつが困ったときに私の名前を出して逃げようとする事などなかったはずだ。
もっともこのバーで頻繁に一緒に飲んでる姿だけでもあいつは私の身内と認識されていてもおかしくはなかったのだが……
ふっと甦った記憶は更に若い頃の自分を見せつけてくる。
「てめぇが辰とかって若造か?」
「あぁ? だったらどうだってんだ?」
「ふん、てめぇ一人ぶちのめせば俺の組での将来も安泰だってんでな。悪いが、やらせてもらうぜ!」
その日も外出してものの5分で団体さんに因縁付けられて路地裏で一戦やらかすハメになっていた。
兄弟分と二人で居ても一人で居ても、名前を上げたい不良学生やチンピラ、はてはそれなりにちゃんとした組と杯を交わしてる奴まで突っかかってきやがる事が多かった。
好きで暴れてた訳じゃないが……ケンカと酒に明け暮れるような日々だったかもしれない。
「やれやれ、無駄な時間だったぜ。まぁ下の上ってとこだな、おめぇらは。そもそも一人やるのにぞろぞろと団体さんでご苦労なこった。それで全員雁首揃えてぶっ飛ばされてりゃ世話無いけどよ……」
その日、私が一人でうろついてたのには理由があった。
昼過ぎに兄弟分が普段じゃ考えられないお洒落をしてそわそわしてるのに出会ったからだった。
「よ、よう! 辰じゃねぇか?」
「何やってんだ?」
「まぁ、その……デ、デートってやつの待ち合わせだよ」
奥手の兄弟分がデートなんてのは驚くほか無かったが、それでも元来が男気に溢れ人情に厚い”いい男”ではあったから、兄弟分にホレる女の一人や二人居たっておかしくは無かったのも事実だ。
「珍しいな。明日は台風でもくんのか?」
「てめぇ……まぁいいや。俺は今日は機嫌が良いんでな。それにステゴロでもおめぇとやりあったらどっちかがしばらく入院か運が悪けりゃくたばる事になるしな」
「ちげぇねぇぜ、はっはっはっは」
そう……私にとって、勝てそうに無い人間の一人がこの兄弟分だった。
もっとも最強というか、決して勝ち目の無い相手なんてのはこの世の中に二人程度しか居ないとさえ思っていたのだが。
「ごめん、待たせちまったかな? おや、辰っちゃんも一緒かい?」
そこにやってきたのは雛見沢村の大地主、園崎本家の跡取り娘だった。
「なんでぇ、兄弟分の相手ってのは鬼姫様だったのか」
「辰っちゃんさぁ、その呼び方やめてくんないかなっていつも言ってるだろ? 世間様が聞いたら誤解するじゃないさ!」
「誤解も何も……俺達と一緒になってポン刀振り回して暴れたのはどこのどなたさまですかってんだよ……」
彼女は妙に我々とウマがあった。
本来なら田舎の旧家の娘で跡取りでもあるため、お嬢様育ちなんだろうが彼女は違っていた。
彼女の生まれた雛見沢と言うところは昔からいろいろと取り沙汰されていた村だし、それが元で雛見沢の人間は鹿骨や興宮界隈では忌避されていた。
彼女はそんな雰囲気に真っ正面から立ち向かう事で自分の役目を果たそうとしてるようだった。
初めて出会ったその日も、彼女は雛見沢出身者を集団で暴行しようとしてるチンピラに向かって吠えていた。
多勢に無勢、しかも片方は女だ。
まぁ相手の顔ぶれを見たら、兄弟分と二人でお釣りがきそうだったので助成したのが我々が仲良くなったきっかけだった。
制約の多い彼女は自由に生きている我々が興味深かったのかも知れない。
いつぞやのお礼代わりだよと言って日本刀片手に我々のケンカに助っ人に来たこともあったし、結局三人で大暴れしたことも一回や二回ではない。
結果、彼女は『鹿骨の鬼姫』などというありがたくない二つ名を貰う結果になっていた。
「あのな、辰……その……なんだ……」
「なんだよ、珍しくはっきりしねぇな、気持ちの悪い話だぜ」
「あぁもういいよ、アタシから言うからさ!」
彼女から聞かされたのは当時の私が驚いて迂闊にも顔に動揺が出てしまうものだった。
「そういう訳でさ、アタシゃ学校卒業したらこの人と所帯持とうって思ってんのさ」
「そ、そりゃまぁめでたいことだけどさ。実家のおっかさん、お魎さんって言ったっけか? 認めてくれんのか?」
「まぁ十中八九、無理だろうねぇ……はは、どこの馬の骨ともわかんない上にヤクザもんだからさぁ」
いろいろあって、我々は二人ともとある組の親分と杯を交わし、鹿骨一帯を預かるような形に既になっていた。
そう……我々はその時に既に充分ヤクザの一員であったのだ。
旧家の跡取り娘の相手としては世間一般じゃ許されない相手だというのは私も兄弟分も自覚はしていた。
「大丈夫なのかよ? おっかさん、雛見沢で一番怖いお人じゃなかったっけか?」
私が勝ち目が無いと思う相手の一人は彼女の母親、園崎お魎だった。初めて出会ったその日に、ヤクザもの程度では比較しようもない猛烈な殺気とも言うべき激しさを感じ、恐怖を覚えていたのだ。もう一人は彼女、園崎茜自身なのだが……これは力量以前の問題で勝ち目が無いと思っていただけの話だ。
「まぁ最悪、勘当もんだね。それでもアタシゃ構わないよ。ヤクザもんだからって断れるような立派なお家柄かってんだよ、園崎程度でさぁ」
「この話が出てから、雛見沢に行けなくなっちまってんだよ……茜が来るなって言うもんでさ……」
「どうりで……近頃、雛見沢行きになるとつき合いが悪いと思ったら、そういう理由かよ」
初めて彼女に出会って、助太刀し、事後に彼女を家まで送り届けて以来、我々は雛見沢に魅せられていた。
景色も空気も人々も何もかもが我々にとって好ましいものであったのだ。
そして、兄弟分にさえ口にしたことはなかったが、私は鬼姫様こと園崎茜にも好ましい感情を抱いていた。
「でな、辰よ……茜とのことがはっきりしてからだとは思うが、俺は看板上げることにした。」
「そうか。あぁいいぜ、付き合うぜ。もっとも五分って訳にはいかねぇから俺が子分って事になんだろうけどな」
「すまねぇな……本来なら五分杯じゃなきゃ道理に外れちまうんだが……」
ヤクザものの間では上下関係が最も重要視される。
組長を親として構成員は子となり、疑似家族が形成されるのだから、構成員の一人に過ぎない私が組長と五分杯を交わしたままでは示しが付かない。
私が子として杯を交わし直す他に私が兄弟分と茜さんの為に働く事が出来なくなってしまう事は明白であった。
「親父さん、姐さんと呼ぶのに抵抗も特にねぇよ、不思議なもんだけどさ」
「なんか、辰っちゃんに姐さんとか呼ばれるのは気持ち悪いねぇ」
「じゃ茜さんってんでどうだい?」
その日から私は二人から一歩引いて過ごすようになり、徐々に街中での派手なケンカも慎むようになった。
つまらないいざこざが元で迷惑を掛けたくなかったからだ。
ましてや最近興宮署にやってきた大石とかいうデカはつかみ所の無い、我々に取っては好ましからざる人物。
私が引っ張られる事が最後は雛見沢という村全体に迷惑が掛かりそうな気がしていたからだ。
その後、茜さんは強引に兄弟分との結婚を決め、婚約者だと家に連れて帰った。
当然怒り狂ったお魎さんと激しくやり合い、勘当だのなんだのという話になって彼女たちは雛見沢を出て、興宮で暮らすことになった。
何故か、兄弟分が婿入りの形で園崎を名乗り、立ち上げた組も『園崎組』であったことを考えたら、実際はお魎さんも二人のことを認めて居るのではないかとさえ思えたのだが……
そして私は今まで兄弟分だった男と親子杯を交わし、『園崎組』の一員となった。
最後にこのバーであいつに出会ったのはそんな頃だった。
「なんだ、辰っちゃんか! 誰かと思ったよ、そんな黒服にサングラスでキメちゃってるからさ」
「あぁ、まぁいろいろ訳ありでな……ホンモノのヤクザになっちまったってところさ」
「そっか……それでも、見つけたみたいだね、目的」
そういって私にあいつが向けてきた笑顔が眩しかったのを覚えている。
そう、私は杯を交わしたその時に心に決めていたのだ。
親分である組長、そして姐さんである茜さんを生涯掛けて守り抜く事を。
荒事や汚れ仕事は全て私が引き受ける事を。
「かもしれないな……」
「よし、じゃぁ今日はさ、サービスで辰っちゃんの為にだけ歌うよ」
あいつはそういってギターを爪弾き、いつもの曲を歌い始めた……
それから数年を経て、二人には子供が生まれた。魅音さんと詩音さん……二人が生まれた時にも園崎の本家では少々ゴタゴタが起こったのだったが……
ある日、私は二人に呼ばれた。
「辰、悪いんだが……組の一線から引いちゃくれねぇか?」
「そいつは構いませんが……理由を教えて貰えますか?」
「アタシがこの人に頼んだのさ。あんたにこれ以上汚れ仕事ばっかりさせるのはアタシの気が収まらないからね」
茜さんが言うには『園崎組』自体が園崎家一族が表立って出来ない事を代わりに行う為の暴力回路のようなものであり、そこで中心になって働いてきた私自身が現在では興宮署の大石を始めとする警察にマークされていること。『園崎組』を守る為に、私が一線を退くことが必要だという話。
そして二人の娘、特に跡継ぎではないとされた詩音さんをこれからは自分たちの代わりに守ってやって欲しいということだった。
「はぁ……しかし、チャカやヤッパ振り回す方が気が楽そうですよ、魅音さん、詩音さんの付き添いをするというのは」
「けど、あんたにしかこんな事頼めないんだから、引き受けておくれでないかい?」
「姐さんの頼みを私が断れない事を知ってておっしゃるんですから、お人が悪い……」
そして今の私がここに居る。
もし、今あいつが以前と同じようにここに居たらなんと言うだろうか?
「辰っちゃんらしいなぁ」とまたあの時のように眩しい笑顔を見せて、あの曲を歌ってくれるのだろうか……
時は流れ、あの頃は遠い昔になりつつあるが、今でも私はあいつのあの笑顔と素振りが忘れられないのだろう。
無性にあいつの唄が聴きたい気がする。
今は親父と呼ぶ立場になった男とは違う意味で、私のほんとうの友人と呼べる男でもあったのだ。
最近、妙にあいつの事を思い出す機会が増えている事に私は溜息混じりで口元に薄く笑いを浮かべた。
不思議なものだ……一時は忘れ去ってしまったかのように思い出すことも無かったというのに……
そうか……あいつのあの眩しい笑顔……似ているのだ。
魅音さんの想い人であり、詩音さんが心を動かされた彼、前原圭一という少年の笑顔に……
園崎本家のご当主も、茜さんも親父も彼をいたく気に入っている。
近頃、珍しく気骨のあるいい目をした子だと。
私ごときが何を出来る訳でもない。
しかし、彼の笑顔が雛見沢に必要だと言うのなら……彼の笑顔が園崎の次期ご当主の笑顔に必要なのならば……
まだまだ私には老け込むヒマが無いようだ。
私には私の出来る精一杯をすることにしよう。
またいつか……あいつと出会った時に、あの眩しい笑顔を見せて貰えるように……またあの唄を聴かせて貰えるように……
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