7月に入り、どんどんと気温が上昇していく初夏。
レナが久しぶりに我が家に遊びに来ていた。
ひとしきり漫画の話や部活の話で盛り上がった頃、レナが突然改まって声を掛けてきた。
「ねぇ、魅ぃちゃん……」
「ん? どったの?」
いきなり親友竜宮レナからいつものほわほわした雰囲気とは違う状態で名前を呼ばれた。
ちょっと内心ビビりつつ返事をした。
だってさぁ……レナがこういう雰囲気の時ってなんか怖いんだよね、あはははは。
別にあたしが嘘ついてるとかじゃないからビビる必要ないはずなんだけど……習慣かな? たははは。
「魅ぃちゃんってさ……圭一くんの事、好き……だよね?」
いきなり核心を突かれてしまった……そう、私園崎魅音は一個下の仲間である前原圭一のことが好きである。
それは友人としての好きなどでは無く、男の子として好き。
つまるところ、それは明確に私が初めて”恋”として意識している”好き”。
過去には一度もそう思った相手が居なかったかと問われたら返事に困るんだけど……今回は自分が今どうなっているかを把握出来るレベルで自分自身が”好き”という感情を抱いてる。
「レナだってさ……好き……だよね?」
あたしは精一杯の反撃を試みる。
が、次の一言であっさり効果が無かった事を理解した。
「ダメだよ、魅ぃちゃん……質問に質問で返したら、あはは。”レナだってさ”って言い方だとちゃんと返事になってないんじゃないかな、かな」
「う、相変わらずレナのそういうとこには勝てないなぁ、たははは。うん、あたしはさ……圭ちゃん好きだよ……友達としてはもちろんだけど、男の子として……ね」
「うん。それちゃんと聞いておきたかったんだ。レナもね、圭一くんの事、友達としても男の子としても好きだよ」
きっとあたしはその時、気が付いては居たけれど、聞きたくないと思っていた事を聞かされたって顔してたと思う。
レナはほわほわしてる雰囲気の時が多いけど、いざとなったらこうやってまっすぐに切り込んでくる。
そして、普段の女の子らしい振る舞いや甲斐甲斐しいところ、それはつまり、あたしが何一つとして圭ちゃんに見せてこなかった部分。
それを隠す事の無いレナが圭ちゃんを好きだってことがはっきりしちゃうと一番困る事態でもあった。
あたしには自信が無い。
見せてこなかったというよりも、むしろそういう面での争いになってしまったら勝ち目が無いから見せられなかったと言うべきだろう。
お茶に料理、裁縫にいたるまでありとあらゆる事を婆っちゃに叩き込まれている身ではあるし、同年代の女の子にそういった技量で劣ると思う事は実はあまり無い。
しかし、あたしが身につけているのは園崎本家頭首として求められる技量であり、レナのように身近で家庭的な内容とは若干違う。
それが実際はあたし自身をしてレナに勝てそうにないと思わせている最大の理由。
まして、あたしは圭ちゃんが一日でも早く馴染めるようにと同年代の男の子が居ないから自分をそういうポジションに最初おいてしまった。
そしてもう一つ……、ずっと見せたくない部分としてきたところも、とうとうこの間、目の前で見せてしまった。
園崎本家次期頭首としての顔、鷹の目、そして合気道で山狗とかいう連中のリーダーを圭ちゃんの目の前でたたきのめしぶん投げちゃった。
圭ちゃんはすげぇな、魅音。かっこよかったぜなんて誉めてくれたけど……それは年頃の女の子に対するそれではなく、気の置けない男友達に対するような言い方。
あの晩、一人になってからあたしはそれに気が付いてちょっぴり泣いたんだっけ……
「でね……魅ぃちゃん……」
「な、なに?」
「圭一くんに打ち明けないの?」
「え、ええっ?! む、無理! 絶対無理! だってその……あたしは……圭ちゃんに女の子として意識して貰えるような事今までしてこなかったし……」
「じゃぁ、レナがもし圭一くんに好きです、付き合って下さいって告白しちゃったら?」
「う……嫌……かな…… そりゃ確かにあたしは面と向かって圭ちゃんにそういう事できない。でも……」
「レナもレナが思ってる事伝えられないうちに魅ぃちゃんが告白したら嫌かな、かな……」
レナはなぜこんなことを急に言い出したんだろう?
あたしにはまず、それがよくわからないから考えがまとまりきらないで混乱していた。
「な、なんで急にそんなこと言い出すのさ?」
「もうじき夏休みなんだよ、だよ? 今までみたいに分校で毎日会える訳じゃないんだよ? 自分から会いに行くか来て貰うかしないと圭一くんとはお話できないって事なんだよ?」
そう……もうすぐ夏休み!
あたしは目一杯時間を使ってみんなと遊んで楽しむ事だけを考えていた。
そう、レナの言うとおりだ……あたしはそうやってみんなでいつも通りに集まってワイワイ遊んで楽しめると思ってた。
なんの疑問も持っていなかった。
「それにね、魅ぃちゃん……レナも沙都子ちゃんも梨花ちゃんも羽入ちゃんも、もちろん魅ぃちゃんも家の事だとか色々あるかもしれない。圭一くんだって圭一くんの都合があるかもしれない。だから会いたいときにいつでも会える訳じゃないんだとレナは思うんだ……」
そう、確かにレナの言う事は正しい。
夏休みだからと婆っちゃに普段は頼まれない事を頼まれる事だってあるだろう。
御三家の仕事や本家の事だけじゃない。
「魅ぃちゃんはレナだけが圭一くんの事好きだと思ってる?」
「え、それって?」
「多分……沙都子ちゃんも圭一くんが好きだと思う。今はまだ悟史くんの代わりくらいに思ってるだけかも知れないけれど……でも、それはいつかちゃんとした圭一くんのことを好きだって気持ちに変わっちゃうと思う」
「う、うん……」
「梨花ちゃんや羽入ちゃんだって……」
想像出来るのに今まであたし自身が考える事を拒否してきた現実をレナにまたしても突きつけられてしまった。
そう……沙都子は圭ちゃんと出会ってすごく変わった。
以前と違って本当に心の底から笑うようになったと思う。
梨花ちゃんだって同じ。
なにかと圭ちゃんに接触して甘えてたりする。
羽入は無邪気に圭ちゃんに接してるけど、時々、凄く真剣な目で圭ちゃんを見てる。
「魅ぃちゃん……どうするか少しだけ考えてね……夏休みになるまでに魅ぃちゃんがはっきりしないなら、レナは圭一くんに自分の気持ちを伝えるよ」
「え、そ、そんな急に……」
「レナはね……ここに戻ってきて魅ぃちゃんが暖かく迎えてくれてうれしかった。魅ぃちゃんの事親友だって思ってる。もちろん沙都子ちゃんや梨花ちゃん、羽入ちゃん、詩ぃちゃんや悟史くんだって大切な友達で仲間だって思ってるけど、魅ぃちゃんと圭一くんは特別。魅ぃちゃんは一番大切な親友。圭一くんは今一番大好きな男の子……」
「それは……あたしだって同じだよ。みんなは大事な友達で仲間。でもレナは特に大切な親友。圭ちゃんの事を大好きな男の子だって思ってるのも同じだよ」
「だからね……レナは……こんな言い方ズルいって思うけど、魅ぃちゃんに隠れて圭一くんに告白したり、付き合ったりしたくないの」
「そりゃ、あたしだって! そんなの嫌だよ!」
「でもね、でもでも! 圭一くんを他の子に取られるのも嫌! だから他の子が圭一くんに告白する前にレナが圭一くんの事好きだって伝えたいんだよ、だよ!」
レナはきっと真剣にずっと考えたのだろうと思った。
あたしは……真剣に考えてなかった訳じゃない。
けど、後回し先延ばしにしようとしてた……
「わかった。レナの考えはわかったよ。あたしに少しだけど時間をくれることもありがたく思うよ……あたしはさ、あたしなりに考えて、その上で答えを出すよ、それでいい?」
「うん。ごめんね、急にこんな事言い出して。レナ嫌な子だなって思うけど、今言わなきゃダメだと思ったんだ」
かなりヤバい事態。
あたしの脳内で非常警報が今や鳴りっぱなし。
なにせ相手はレナだ……普段の圭ちゃんの接し方を見てても、レナが正面切って告白したら圭ちゃんは多分断らない……なぜだかそう確信できてしまう自分が嫌でしょうがない……
「じゃぁそろそろレナ、晩ご飯作らなきゃいけないから帰るね。ごめんね急にこんな事にしちゃって。でもちゃんと考えてね……レナは後で魅ぃちゃんに変な気持ち持って欲しくないから……」
「うん、わかってる。そりゃあたしだって同じだよ。後でレナに抜け駆けみたいに思われたり言われたりしたら悲しいしね」
「決心、ちゃんとしてね。期限付けて脅しちゃうようなマネしてごめんね。でも、魅ぃちゃん自身が決心してくれなかったらレナは凄く嫌なんだもん」
「うん……ありがとう、言いたくない事を言わせちゃったね……あたしもちゃんと自分で考えて結論だすから……」
レナを見送って、自室に戻って一人ため息を盛大につく。
そして思わず、
「なんでこんな事になっちゃったんだろうなぁ……はぁ……」
とグチがこぼれる。
そして自分がずっとグズグズしてきた事を後悔しつつ、何故か怒りの感情は圭ちゃんに向かってしまう。
そう、だいたい圭ちゃんが悪いのだ!
無意識であたしの気持ちを掴まえてかき乱してばっかりだ!
鈍感のくせに!
ヘタレのくせに!
デリカシー無いくせに!
スケベなくせに!
圭ちゃんが悪い!
圭ちゃんが一番悪い!
そのくせ、いつも元気で明るくて優しくて……ちょっと不器用だけど一生懸命でキラキラしてる……
へこみそうなあたしをいつでも元気づけてくれる。
あたしが弱気に負けそうになると支えてくれる。
あたしのダメなところを助けてくれる。
いや、よそう……本当に一番悪いのはあたしだから。
けど、本気で困ったな……レナとはこれからもずっと仲良く親友でいたい。
でも、どちらかが告白して圭ちゃんがそれを受け入れてしまったら、残された方は今までと同じでいられない気がする……
レナはきっと、あたしが圭ちゃんと付き合う事になったら今までと変わらないように接してくれるだろう……きっと自分に嘘をついて自分を誤魔化しながら。
レナが圭ちゃんと付き合う事になったらあたしは……今まで通りをちゃんと装う事ができるのだろうか?
きっと何かと理由を付けて二人から距離を置いてしまうだろう。
そして勇気を持てなかった自分を悔いて毎晩のように泣く事になりそう……
あぁもう考えがまったくまとまらない!
どうしたら良いんだろう……
ゲームの戦略ならこんなに悩んだりしない。
ルールがあってそのルールの範囲内での事だから。
相手の考えや動きだって読めるから。
そりゃたまにはルール無用の事態にも出会う。
6月のアレはそういうケース。
だけどあの時は圭ちゃんもレナも沙都子も梨花ちゃんも羽入も一緒だった。
場所は違ったけど詩音だって居た。
今回は違う……相手はレナ。
あたしの味方は居ないに等しい。
ルール……そっかルールだ!
ルールをレナとの間できちんと決めちゃえば部活と一緒じゃん!
ルールに則ってなら後にもあまり影響が無いはず!
詩音に相談した時にはこう言われていたんだっけ……
「お姉? お姉が決心しなきゃ何も変わりませんよ? 自分が自信のあるところで勝負すれば良いんです! そんな何もレナさん有利のところで戦う事なんか無いじゃないですか?」
うん!
決めた!
ルールを作ろう!
レナも納得するルールを作って、それに基づけば良いんだよ!
あたし自身の不利を覆い隠し、レナにそれを感づかれないルール。
ちょっと卑怯かな、あははは。
でも、ハンディキャップだよ、レナ。
だってあたしはレナより出遅れてるんだもん、せめて同じスタートラインに着かせてよね。
うん、決めた!
ルール第1条、圭ちゃんに告白するんじゃなく圭ちゃんから告白された方が勝者。
圭ちゃん自身が自分から決めてくれた相手ならあたしもレナも文句が言えないからね!
ルール第2条、お互いが相手の邪魔をしないこと。
これだけはきちんと決めておかないと、あたしとレナの仲にヒビが入っちゃうからね!
ルール第3条、精一杯のアプローチ、アピールをすること。
悔いが残る勝負はしたくない。
ルール第4条、新たな脅威には共同で。
誰か別の人間が圭ちゃんにアプローチすることだってあるからね。
そういう人間もこのルールに巻き込むのが一番だと思うし。
ルール第5条、敗者は素直に受け入れる。
勝った負けたなんてこういうのちょっと間違ってる気もしちゃうけど、あたしとレナがずっとこの先も親友でいられる為には大事な事。
敗者は素直に結果を受け入れて、祝福を気持ちよくしなくちゃね!
よし、これでどうだ?!
うん、悪くない。
レナの提案するルールも聞いて付け足せば良い。
お互いがきちんと納得するまでルール決めをレナとしよう。
負けられない。
何よりも負けられない。
レナ、勝負だよ?!
勝負事、ゲーム、部活だったらあたしは負けない!
そもそも圭ちゃんへの想いでレナに劣ってるとは絶対に思いたくない!
勝者には圭ちゃんを、敗者には失恋を!
ちょっと自分が負けたらって想像するとゾッとするけどさ、あはははは。
行っくよ~、レナ!
絶対に負けないからね!
圭ちゃんの隣は渡さない!
園崎魅音、一世一代の大勝負、受けて貰うよ、レナ!
沙都子も梨花ちゃんも羽入もまとめて掛かっておいで!
わくわくしてきたよ!
いつもよりずっと熱くなれる勝負を思い描いてあたしは心を奮い立たせながら眠りについた。
興奮してなかなか寝付けず、翌日授業中に居眠りして知恵先生のチョークを食らったのは……ちょっと痛かった。
