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魅音幸せプロジェクトまとめ

2009/01/27(火) この手の中に君の似姿

はてブ情報 はてブに登録 はてブ数 2009/01/27 23:13 SS部門綾月そらひ


 ぴんぽーん。
「はいよー」
 チャイムが鳴って、俺はバタバタと玄関へ急いだ。親が居ないから俺が出なきゃならない、というだけではなくて、俺の客であることが分かっていたからだ。
「よぉ、お疲れさん、魅音」
「ホントだよもう、疲れたよーーぉ」
 玄関を開けるとそこにいたのは予想通り、魅音だった。疲れ切った表情で、両手には大きな買い物袋。俺が頼んだ買い物だ。
「しょうがないだろ? 罰ゲームなんだからさ」
「そりゃもちろん分かってるよ。でも疲れたものは疲れたの!」
 どさっと、魅音は玄関先に買い物袋を置いた。俺はお袋に頼まれていた買い物メモを取り出して、中身を確認する。…えーっと、うん、全部ある…よな?
 俺には理解できない注意書きもされていたメモは、買ってきてくれたものを見てもよく分からなかった。魅音のことだから、ズルをしてるとかはないだろうが。
 …と、確認する俺をじっと見つめる視線があることに気づく。
「な、なんだよ?」
「いや、圭ちゃん、本当に分かってるのかなぁ、と」
「……魅音。これを冷蔵庫に仕舞うの、手伝ってくれ。手伝ってくれたら、疲れた魅音に冷たいお茶を入れてやる」
「圭ちゃんにそう言われちゃぁ、しょうがないなー。手伝ってあげる♪」
 妙に楽しげに、魅音はいそいそと靴を脱いで玄関に上がった。
 …そういえば、我が家に魅音を入れるのは初めてじゃないだろうか。初めて入る人の家って、楽しいよな。うちは見かけはでかいし、探険のし甲斐もあるってものだろう。…うん、たぶん、そんな理由だ。俺はそれとはまた別の理由で、ちょっとドキドキしてたりするが。
「で、圭ちゃん、台所はどっち?」
「あぁ、そっちで合ってるぞ」
 俺と魅音は買い物袋をひとつずつ持って、台所へ向かった。


 買い物の中身の確認は魅音に手伝ってもらって、順調に終わった。冷蔵庫や棚に仕舞うのも、人の家だというのに何故か魅音には定位置が分かるらしく、あっという間に終わる。…恐るべし、園崎魅音。
 最後に魅音が買い物袋から取り出したのは、台所用品ではなかった。小さいが重そうな紙箱だ。上部に持ち手が付いている。
「はい、これで最後。洗濯石けん・無香料ね。圭ちゃんのおばさまって、石けん派なんだねー」
「…石けん派?」
「これ、洗濯機用の石けんだよ。石けんだと石けんカスがたくさん出るから大変でしょ? だから最近じゃぁ、洗濯機用の液体化学洗剤が主流なの」
「ふーん?」
「ま、化学洗剤なんて、何が含まれてるか分かんないからねぇ。洗濯石けん、しかも無香料となると、おばさま、自然主義なのかな」
 魅音は一人でうんうんと頷いている。…俺にはよく分からないが。
 とにかくそれで最後なので、俺は食器棚からコップを2つ出すと、冷蔵庫でよく冷やした麦茶を注いだ。ひとつを魅音に手渡す。
「ほい、魅音」
「ありがと。疲れた後のこの一杯がおいしいんだよねー」
「…それ、ただの麦茶だぞ」
 まるで仕事の後のビールを飲んでいるかのような魅音の台詞にツッコミを入れながら、俺は自分の分を飲み干す。
「でも、おかげで早く終わったよ。さんきゅーな」
「へへーん。こんなのおじさんにかかれば軽いもんだよ」
 魅音はちょっと自慢げに胸を張る。…そういう仕草が、すごく魅音らしい。
「じゃ、俺はこれ、洗濯機の横にでも置いてくるから。のんびりしててくれ」
「はーい。いってらっしゃーい」
 魅音は返事をして、物珍しそうにきょろきょろと部屋の中を見ていた。…まぁ台所や居間はいつもそれなりに片付いてるし、多少漁られたところで大丈夫だろう。


 我が家の洗濯機は、風呂場の脱衣所にある。風呂のお湯を再利用するとかで、その位置なのだ。脱いだものをそのまま置いておけばいいので、俺にとっても楽な配置だった。
 えーっと、たしかこの棚に洗剤を入れていたはず…、…お、ここかな。
 もうほとんどカラになっている「洗濯石けん・無香料」を見つけて、その隣に新しいのを置く。…無香料って言うからには、香料付きのもあるんだろうな。俺が買い物に行ってたら、間違ってそっちを買ってそうだ。魅音に行ってもらえて助かった。
 …罰ゲームだから魅音に全部任せちゃったけど、本当は、魅音一人に任すんじゃなくて……、
 そのとき、廊下の向こうから魅音の声が聞こえた。
「圭ちゃーん。圭ちゃんの部屋って、2階ー?」
「あぁ、そうだけど…、…って、おい、まさか…!」
 反射的に大声で言い返してしまって、途中で気づく。あの悪戯好きの魅音が、俺んちに来て一人待たされて、何もしないなんてことあるわけない…!!


 俺は慌てて廊下を疾走し、居間に戻る。ぐるりと見回したが、魅音は居ない。階段の方を振り返ると、ちょうど魅音が階段をそろそろと上り、2階へ辿り着こうとしているところだった。
「まっ、待て、魅音! 2階へは行くな!」
「やーだよー。私を一人にした圭ちゃんが迂闊だったね!」
「確かに俺もそう思うが、俺の部屋には入るな! きっ、汚いから! 片付けとかしてなくてすげぇ汚いから!!」
「くっくっく、上等上等。ベッドの下とか押し入れの中とかは見ないからさ~」
 思春期の少年がアレなものを隠しているお決まりの場所を告げて、魅音が嫌らしそうに笑う。
 いやっ、そんな場所じゃなくて、もう部屋の襖を開けた瞬間に見える場所にやばいものがあるんだよ!!
 本当に迂闊だった! 魅音に買い物を頼むという罰ゲームが決まった瞬間に、アレを片付けておくんだった…!!
 やばい、絶対やばい。アレを見られたら、言い訳なんか出来ない。だが魅音は既に階段の上で、2階の廊下に足を付けている。俺の部屋は2階に上がってすぐの部屋だ。そして俺はまだ1階。
 …間に合わない…!?!
「魅音、頼む! 一生のお願いだ! その襖を開けないでくれ!!」
「あ、圭ちゃんの部屋、ここなんだ? そう言われちゃぁ、開けないわけにはいかないよねぇ~」

 ぐぁぁあ、しまったぁぁあ?!

 魅音はわくわくした表情で、襖の戸口に手をかけた。
 俺はようやく階段を駆け上って2階に辿り着く。が。その時にはもう魅音は戸を開け放って、俺の部屋の中をきょろきょろと見回していた。
 …もうダメだ。バレてしまう…!!
「まー確かに片付いてはないけど、圭ちゃんがそんなに慌てるほどじゃぁ…、…あれ?」
 魅音の声が、止まる。視線は、案の定、俺が勉強机に使っているテーブルの向こうの壁だった。
 …あぁぁあああ。バレた。もう死にたい。ていうか死ぬ。
 よりにもよって、魅音に見つかるなんて…!!
「…圭ちゃん、壁にたくさん貼ってあるあの写真、何?」
 魅音がひょいと俺を振り返った。…俺は何も答えられない。
 答えない俺に首を傾げて、魅音は部屋の中に入ると、机の前に立って、じーっと、壁に貼りまくっているその写真たちを見つめた。お、お願いだから見ないでくれぇ…。
「…これ、私たちの写真…だよね。服装とか背景とかから考えるに、2月か3月くらい? なんでこんなの持ってんの?」
 それらの写真の、とある共通項には、魅音はまだ気づいていないようだった。それよりも、何故、俺が引っ越してくるよりも前の部活メンバーの写真を俺が持っているかの方が疑問だったらしい。
 …魅音が鈍感で助かった。内心で胸を撫で下ろすが、安心は出来ない。だって、パッと見たら分かることなんだよ、その共通項は。あぁぁ、俺、もう死んだ。
 俺が相変わらず魅音の疑問に答えないので、魅音はじっと写真を見つめ直した。…て、適当なことを答えて気を逸らした方がよかったか…?
「…ねぇ、圭ちゃん」
「な、なんだよ」
「気のせいかもしれないんだけど、…その、私が写ってる写真ばっかり貼ってない…?」


 ……気づかれた。



 その人に会ったのは、先日、たまたま一人になった帰り道だった。
 雛見沢では見慣れない、少しガタイのいい男性。道ばたに自転車を止めて、カメラ片手に、木に留まっている野鳥をじっと見つめていた。
 ふと目が合ったので軽く会釈すると、向こうから声をかけてきたのだ。
「やぁ、こんにちは。君は雛見沢の人かい?」
「そうですけど…。どちらさまです?」
「僕は富竹。フリーのカメラマンさ。雛見沢にはよく来るんだけど、君とは初めて会うよね」
「…まぁ、最近引っ越してきたところなので」
「そうなのかい! 住んでる人に言うのもなんだけど、雛見沢はいいところだよ。移り変わる自然が綺麗でねぇ、何回来ても飽きないよ。いつも違う顔を見せてくれる」
 富竹と名乗ったその人は、嬉しそうに語った。
 最初は妙に馴れ馴れしい人だな、と思ったんだが。雛見沢の良さを分かってる人に悪い人はいないよな、と思ったんだ。
「…写真家さんなんですか?」
「写真家を目指して投稿を繰り返してると言った方が正しいんだけどね、あっはっは。主に野鳥や自然を撮ってるよ」
 じゃぁ、雛見沢の素晴らしい自然とか、そういうのを撮っているんだろうな。俺はまだここに来て一ヶ月も経っていないから、この初夏しか知らないけれど。
 …ふと、疑問に思って聞いてみる。
「人間は撮らないんですか?」
「そんなことはないよ。ここに来た記念に、出会った人たちの写真を撮って、次に来るときに渡したりしてる。…あぁ、魅音ちゃんとかレナちゃんとか、知ってるかな?」
「えぇ、分校のクラスメイトですから」
「ちょうど今、前回来たときの写真を持ってるんだよ。会ったときに渡そうと思ってね。ほら」
 富竹さんはバッグから小さなファイルを取り出した。カメラ屋さんで現像したときにくれる、小さいアルバムだ。

 手渡されたそれをパラパラとめくると、部活メンバーや村の子供たちや老人たちの写った写真が入っていた。季節は冬、なんだろうか。背景は真っ白で、どこで撮った写真なのか全然分からない。
「前に来た時って、冬なんですか?」
「東京じゃぁもうそれなりに暖かい頃なんだけどねぇ。雛見沢は豪雪地帯だから、雪ばっかりだろう?」
 そう言いながらも、富竹さんはこれはどこだとか嬉しそうに解説してくれた。本当に、雛見沢が好きなんだな。
 めくっていくと、部活メンバーが、おそらく部活をしてるのだろう、楽しげにはしゃいでいる写真もあった。魅音が雪玉を当てられて、それでも楽しそうに笑っている。
「…あの、富竹さん。この写真、皆に渡すんですか?」
「うん、そのつもりだけど?」
「……あのー、1枚だけ、もらえないですかね」
「え? いいけど、どれだい?」
 富竹さんが不思議そうに聞いてくる。…そりゃ、自分の写ってない、他人ばっかり写ってる写真なんて、普通はくれとは言わないよな。
「…その、それ…」
 指差したのはさっきの、雪玉を当てられて、それでも笑ってる魅音のアップの写真だった。
 写真を示す指先が震える。顔は真っ赤になってるかもしれない。…それでも、その眩しい笑顔の魅音の写真が、欲しかった。
 富竹さんは一瞬きょとんとしたが、俺の顔を見るとニヤニヤと笑った。
「あぁ、なんだ、そういうことかい? じゃぁ魅音ちゃんが写ってるの、全部あげるよ。皆には、今回は忘れてきたって言っておくからさ」
「…え?! あの…!」
「いいからいいから。皆には次に来たときに渡せばいいけど、君には今必要なものだろう? 何かイベントがない限り、クラスメイトと写真なんて撮らないからねぇ」
 富竹さんはアルバムの中から魅音が写っているものを順に取り出して、ひょいひょいと俺に手渡していく。俺は自分の言葉が引き起こしたこの事態に付いていけなくて、顔を真っ赤にしたまま固まっていた。
「はい、これで全部かな」
「あ、ああありがとうございます…!」
 俺の手に渡されたのは、全部で10枚もない。せいぜい5~6枚だ。それでも、初めて手に入れた魅音の写真だった。
「そうだ、君の名前は?」
「ま、前原圭一です」
「圭一くんか。うまくいくといいね。じゃ、また」
「富竹さん! ありがとうございました!」
 俺は自転車で去っていく富竹さんの後ろ姿に、頭を下げた。



「…と、いうわけだ」
 何故自分の机の前の壁に魅音の写真ばっかり貼ってるのか、俺はなんとか説明し終えた。多分、顔は真っ赤になってるだろう。
 …あぁ、こんなことで言う羽目になるなんて思わなかった。まさか俺が魅音をそんなふうに想ってるなんて、思ってもなかっただろうな。なんて言われるだろう。あきれられるだろうか。
 魅音は説明を聞き終わってもまだ混乱しているようで、しばらく呆然としていた。
「……え、えぇっと、じゃぁ、富竹さんが今回現像持ってくるの忘れたって言ってたのは、嘘で…、…私の写真は全部圭ちゃんが持ってて、ここに貼られてる…?」
「…そうだよ」
「な、なななななんで?!」
 なんで、と来るとは思わなかった。それも全部口に出して説明しろと言うのだろうか。今の段階で、もう顔から火を噴きそうなほどの恥ずかしさで死にそうなんだが。
「…お前なぁ、そんなもん、理由なんて一個しかないだろ?」
「えっ、えぇっと、圭ちゃんはポニーテールフェチの変態だったとか!」
「違う!!!」
 ワケの分からないことを言い出した魅音に、全力で否定する。そんなわけないだろう! お前だから、お前の写真だからだよ…!!
 それで魅音はようやく「理由」を分かってくれたのか、ぼん、と真っ赤になった。ばたばたと両腕を上下させて暴れる。
「ぅえぇぇええ?! だ、だだだだって…!」
「…別に返事はいいよ。バレたのは不慮の事故だし。直接言う気はまだなかったし。ここで見たことは忘れてくれていいから」
 毎日一緒に登校して、遊んで、一緒に帰る。それだけで満足していたんだ。
 それなのに偶然、幸運にも君の写真を手にすることが出来た。
 こうやって壁に写真を貼って、…家に帰ってからも、宿題をするためにノートを広げるたびに君を見つめられる。変かもしれないけれど、それだけでじゅうぶん幸せだった。
 だって、出会ってから、まだほんの何週間かで。告げるにはきっと早すぎる。それに、今のこの関係が壊れてしまうのが怖くて、そんな勇気も出なかった。俺は、弱虫なんだよ。
 …だから、こうやって不意に告げる羽目になってしまって、魅音がどう返してくるのか、怖かった。嫌われたらどうしよう、友達ですらいられなくなったらどうしよう。そんなマイナスなことばかりが脳裏に浮かぶ。それならいっそ、無かったことにする方がいい。…だから、忘れてくれていいなんて、情けない台詞が口から出た。
「…で、でも…」
 魅音は両手を体の前で合わせて、俯く。「でも」だなんて、何に対する逆接なのか。…怖い。手が汗ばむ。膝がわらう。泣きそうになるのは、なんとか堪えた。
「……ごめん。勝手にお前の写真、べたべた貼っててさ。…気持ち悪いよな。外すよ」
「じゃなくて、その…、えっと…」
「気に障ったんなら、これ、返すから。本当にごめん」
「…ち、違…」
 壁に貼った写真を取ろうとしたとき、魅音がきゅっと、俺のシャツを引っ張った。
「な、なんだよ?」
 俺は振り返って、魅音を見る。
 魅音は俯いたままだったが、意を決したように、か細い声を振り絞った。
「…け、圭ちゃん。…あの、そ、その私の写真は、圭ちゃんが持っててくれていい…、ううん、持ってて欲しい、な…」
「……………え?」
「だ、だから、こ、今度、富竹さんに写真撮ってもらってよ…。…げ、現像できたら、私、それ、もらうから…」
 俺が何故魅音の写真を持っているのか分かっていて、それでもなおかつ持ってて欲しいって、…いや待て、今、魅音は、俺の写真が欲しいって……。…えっと、それって、つまり…。
「…………魅音、それ、…返事…?」
 呆然と呟いた俺に、魅音は顔を上げて、真っ赤な顔のまま、こくんと頷いた。


 膝の力がかくんと抜けて、俺はその場にへたり込む。目に涙が滲んだ。
「あ、あはははははは」
 マジかよ。やべぇ。嬉しい。なんで、こんな、出会ってからたった数週間で。最高の日が?
 いきなり気の抜けた俺を、魅音がおろおろと様子を窺ってくる。
「け、圭ちゃん? どしたの、大丈夫? そ、それとも私何か変だった?」
 へたり込んだ俺の目線に合わせて魅音もしゃがむと、俺の顔を覗き込んできた。
 毎日会ってたけど、家に帰ってからもずっと見つめ続けていた、魅音の顔が。少し手を伸ばせば届くほど、すぐ近くにあった。
 …あぁ。これ、夢じゃないよな?
 それを確認したくて、俺は手を伸ばして、魅音の頬に触れる。…途端に、魅音が沸騰した。
「け、け、け、けいちゃん?!」
「はは、夢じゃない、本物の魅音だ…」
 もう一方の手も伸ばして、両手で魅音の頬を包み込んだ。柔らかくてあたたかい。…宗教なんて、信じてないけど。もし神様がいるのなら。今は感謝しよう。魅音と出会えたことを。
 その魅音は俺が頬に触れた体勢のまま、固まっていた。顔は真っ赤で、はは、ゆでだこみたいだ。たぶん人のこと言えないけどさ。
 こんな間近に君と二人で居られて、今日はなんて素敵な日なんだろう。
「…ありがとう、魅音」
 その言葉に、魅音も感極まったかのように涙目になって、それから、ふわっと、笑った。…あぁ、この笑顔も、写真に納めておきたい。ずっと、大事にしておきたい。
「カメラが欲しいな」
「…え?」
「今の、魅音の笑顔。記憶だけにとどめるには、もったいなさすぎるよ。ちゃんと保存しておきたい」
「…………っ」
 魅音がまた固まる。…照れてるのかな。今まで、皆の前ではこんなに狼狽えているところは見たことがない。初めて見る魅音だった。
 …あぁ、こんな魅音が見れるのなら。バレて良かった。…受け入れてもらえて、本当に良かった。
「前に一緒に虹見たときもさ、思ったんだ。カメラがあればな、って」
 あのとき既に、俺の心は魅音に奪われっぱなしだった。ほんのわずかな時間だけど魅音と二人で居られて、いつもより少しだけ魅音が近くて、…そんな時間が終わってしまうのが惜しかった。だから精一杯の勇気を振り絞って、なんでもないフリをして手を取ったんだ。
 それ以上のことなんて、とてもできなかったけれど。それでも二人だけで見た虹は、忘れたくなかった。俺と魅音の、二人だけの記憶だから。
「…ぁ。わ、私も思った…」
 ぽそっと、魅音が小さな声で呟く。同じことを思っていたと分かって、心が躍る。次に思ったときは、思うだけでは終わらせたくない。
「じゃぁ、今度買うよ。そんなにいいものじゃなくてもいいから、小遣いをはたけば何かは買えるだろ。そうしたら一番に魅音を撮るよ」
「う、うん」
「タイマー機能を使ってさ、一緒に写ろう」
「うん…!」
 魅音が、最高の笑顔で笑う。今はまだカメラはないけれど。心のカメラに刻みつけよう。きっと、一生忘れない。今日が俺と魅音の、はじまりの記念日だから。
 俺は魅音の頬に触れていた手を更に伸ばして、この手の中に君を収めた。



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09.2.7 加筆修正しました

2009/01/25(日) 「行ってきます」

はてブ情報 はてブに登録 はてブ数 2009/01/25 21:55 イラスト部門桜由真
いってきます魅音.jpg
初めましての方も、そうじゃない方も、どうもこんにちわ。桜由真という者です、以後お見知り置きを。
今回のイラストは、自作SS「こもれび」の作中挿絵として描かせて頂きました。
すごーーく楽しかったですw
運営委員会の皆さん、お疲れさまです&有り難うございました!
でわ('-^*)/

2009/01/25(日) こもれび

はてブ情報 はてブに登録 はてブ数 2009/01/25 21:32 SS部門桜由真
朝です。
 耳をすませば、小鳥のさえずりや木々のざわめきが聴こえてきます。
 窓の向こうから差し込んでくる柔らかな日差しは、抱きしめるように部屋中を包み込んでいました。
 その陽光を映して光る姿見、その前で、1人の少女があたふたと学校へ行く用意をしています。
 紅いネクタイをきゅっと締め、その少女……魅音は満足げな笑みを浮かべました。
「よぉし、大丈夫!」
 目を閉じてぐっと背伸び。
 その表情は、とても嬉しそうです。
「んんん~~……」
 かかとを床に付け、息をついてから、手櫛で髪を梳きます。
 腰へ届く程に長く伸ばした緑髪が、光を浴びてきらきらと輝きました。
 慣れた手つきでひとつにまとめ、余った短い髪は黒いピンで止めて。
 大きく揺れる髪束は、まるで何か動物のしっぽのようです。
 鞄を手に取りながらそっと窓に指先を触れ、庭先を見つめます。
 丹精込めて手入れされている庭園には淡雪が薄く積もり、冬を感じさせます。
「今日の部活は雪合戦かな……。
 いや、でも雪だるま作るとか、いっそかまくら作るとかも良いかもねぇ」
 部活のことを考えてにやりと笑う魅音。
 その笑顔は、傍から見る分には最も彼女らしいと思えるようなものでした。
 そんな折。
「かたん……」
 小さく響く、物音。
 びくっと肩を震わせ、魅音は恐る恐る背後を見ました。
 振り向いた視線の先には、壁から落ちてしまっている額縁と、その傍でひっそりと佇む1体の人形がありました。
 安堵の表情を浮かべながら魅音は歩み寄り、鞄を床に置いて額縁を手に取ります。
 額縁の中に在るのは1枚の写真。
 魅音がまだ幼い頃に行った公園と、家族の眩しい笑顔が写っていました。
 恥ずかしいのか渋い表情を浮かべる父さん、それをからかう仕草の母さん。
 その前で笑うのは、お揃いのワンピースを着た魅音と詩音。
 髪型も同じで、一見するとどちらがどちらかすぐには分からない程そっくりです。
 この時は、まだ魅音は詩音で、詩音が魅音でした。
 写真を撮ってから1年も経たない内に、2人は入れ替わって、そして……。
 心がちくりと痛み、魅音は視線を手の中から目の前へと移します。
 笑顔を浮かべる人形。
 魅音が抱きしめると、ちょうど胸の中にすっぽり収まるくらいの大きさです。
 紅いドレス、ピンクのリボン、金色のウェーブがかった髪、そして透明だと見間違える程に澄んだ蒼い瞳。
 それは、かつて魅音が彼女の大好きな人から譲り受けたものでした。
 魅音はその時のことをとても鮮明に覚えています。
 交わした言葉、仕草、そして自分の中の感情。
 自分が女の子だと認めて貰えたことへの戸惑いと、素直に受け取れない自分への憤りと、何よりも大きな喜び、嬉しさ。
 そして、そのことが夢じゃないと証明してくれるこの人形は、彼女の大切な宝物なのです。
 リボンやレースで可愛らしく着飾ったその小さな人形は、くりくりとした丸い瞳で魅音のことを見つめていました。
 持っていた写真を左手で元の場所に戻しながら、同時に空いた右手で緩やかなウェーブを描く金髪にそっと触れました。
「そういえば、最近お手入れできてなかった……ごめんね。
 学校から帰って来たら、またお手入れしてあげるから。ちょっとだけ、待っててくれる?」
 もちろん人形からの返事はありません。
 最後に人形の頭をそっと撫で、魅音は壁に掛かった時計を一瞥しながら少し慌てたような表情でドアノブに手を置きました。
 刹那。
 
『行ってらっしゃい』
 
 それは、ささやかな奇跡でした。
 
 目を見開き、驚きに満ちた顔で人形を見つめる魅音。
 幼顔の人形は、ついさっき見たときよりも穏やかな顔のように見えました。
 本当に微かで朧気で、風の悪戯ではないかと疑ってしまうような囁き…それでも、魅音の心深くには確かに響きました。
「……うん。行ってきます」

いってきます魅音.jpg

 その表情は、部活の時に見せる快活な笑みではなく。
 本当に親しい人だけが知る、女の子らしいしっとりとした微笑みでした。
 魅音の1日は、今から歯車を回し始めます。
 今日は、どんな1日なのでしょうか? 楽しい日、それとも悲しい日?
 まだ分からないけど、魅音は……。
『……今日は、きっと良いことがある気がするな。
 一体どんなことなんだろう、楽しみ……』
 そう思い、期待に胸を躍らせながら、こもれびの中を走り抜けて行くのでした。
 
                                                  Fin.

1: だいぶつ 『なんでもない朝の風景なのにすごく癒されました。挿絵の魅音のスマイルも素敵!』 (2009/01/25 22:54)

2: 伏龍鳳雛 『素晴らしい!このほのぼのさ、このほんわか感、この暖かさがこのプロジェクトが求めてる内容にぴったり!挿絵もばっちり決まって言うこと...』 (2009/01/25 23:29)

3: KK23 『お久しぶりです。ああ、なんてあったかいんだ……。仕事でささくれ立った私の心に染み入ります。癒される…。いや、マジで半泣きになりま...』 (2009/01/31 15:21)

4: 桜由真 『わぁ……っ!!皆さん、コメント有り難うございますっ!!◎だいぶつさんコメント有り難うございますm(_ _)m癒されましたですか?...』 (2009/01/31 20:57)

2009/01/24(土) ペパーミントのチョコTips ~その1~ エンジェルモートに邪神降臨 & ~その2~ 黒幕

はてブ情報 はてブに登録 はてブ数 2009/01/24 10:55 SS部門KK23

■その1 エンジェルモートに邪神降臨

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俺は完全に舐めていた。 この罰ゲームの大変さを。

「凄いね! 凄いね! 一体何杯目かな、かな?!」

「いやぁ~、ほんと、まるで底なし沼だねぇ~。 案外鬼ヶ淵沼に繋がってたりして。」

「普段、梨花がキムチとか辛いものばかり買い置きしていますから冷蔵庫にアイスクリームなんて入ってませんもんね。
家の場合は。 こんな機会でもないと満足するまで食べられませんものね。圭一さんに感謝ですわね、羽入さん!」

「ほんと、圭ちゃんっていいお客さんですよ。これからもよろしくお願いしますね♪」

「色んな意味で今日はご馳走さまなのです。 にぱ~★」

いや、舐めていたのは羽入の甘味に対する飽くなき執念か。
凄まじい勢いで増えていく空食器をウェイトレス姿の詩音が次のアイスクリームと交換していく。

これ、俺の小遣いで足りるのか……?

だが、まあ、皆の幸せそうな顔が軽くなった財布の変わりに俺の心を満たして……

「もっと、じゃんじゃん持ってきて欲しいのです! あと三倍いけるのです!」

…満たし……?

「はい、まいどありー♪ 圭ちゃん、将来良い”貢ぐ君”になれそうですね~。
悪い女の子にだまされないように注意してくださいね~♪」

「あっひゃっひゃっひゃ! 大丈夫大丈夫! そうなんないように、こうやって皆で鍛えてんじゃないの~。
あ、私もペパーミントもう一杯ね~♪」

満た……、

「あ、お金足りなかったら、働いて返してくださいね。
大丈夫、圭ちゃんこの制服似合いますよ。 保障します♪」

満たすかーーーー!
覚えてろよお前ら~! この屈辱はいつか必ず百倍にして返してやるからなーーー!

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■その2 黒幕

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いやぁ~、母さんのあんな顔を見たのは一体、何時以来だろうねぇ? くっくっく。
本当に久しぶりだよ。 園崎天皇とか言ってる村の連中に見せてやりたかったもんさね。

え? 蒸し返すなって?
良いさ。 他所で話して良いなら蒸し返すのやめるよ。

……

あーっはっはっは! 母さんの弱みを握れるのも何年ぶりだか!

……まあ、あんまり苛めちゃ可哀想だからこの辺で止めとこうかね。
大丈夫。 他言はしないよ。 魅音や詩音じゃあるまいし、ちゃんと分別はあるさ。


……それにしても、そもそもの原因は圭一君にあるんじゃないのかい?
あの子にもう少し甲斐性があればこんな手間をかける必要もないわけだし。

若い男女が密室に二人きりだよ? なのに何にも無いだなんて、どれだけヘタレなんだか!

あたしは毎回差し入れする度に、

『(男女間の)間違いは誰でもするもんだから気にするんじゃないよ。』

って、理解がある事伝えてるのにさ!


魅音も魅音さ、圭一君に家庭教師を頼む時、必ずモノにしなよって、それで、

『(圭一君モノにするのに)失敗したらケジメつけてもらうからね。』

って、ハッパかけたら逆に萎縮しちゃったみたいでさ。 自分から全然アプローチしてないみたいじゃないか!
最近の若いモンはヘタレばっかりだよ、まったく。

まあ、魅音の方に全くその気が無い訳じゃなさそうなのが分かってホッとしたよ。
修学旅行だなんて遠まわしな口実で、圭一君と旅行に行きたいって言ってきてさ。

旅は人を解放的にするっていうじゃないか。 あの二人、盛大に間違って来ないもんかねぇ?

……ニヤつくのを無理に我慢する必要はないんだよ、母さん。 ふふふふふ。


帰ってきた時には結婚式の準備が必要かね? くっくっく。

……え? まだ結婚できる年齢じゃないだろうって?

なんだい母さん、忘れちまったのかい?
役所の人間はよく書類の記入や転記でミスをするもんじゃないか。特に母さんが”憂慮”した書類なんか特にさ。
あの二人の”正しい”年齢に修正されるだけさね。

……そう! 母さんのその顔だよ!

2009/01/21(水) 進路相談

はてブ情報 はてブに登録 はてブ数 2009/01/21 21:21 SS部門Mr.D
 高校3年への進級を控えた春休みのある日、魅音は本家に両親を呼び、それに祖母を加えた4人でちょっとした家族会議を行っていた。
 案件は自分の将来について......身近な問題として、進学するかどうか魅音は迷っていたのである。
「それで、どうしようかって悩んでるんだ。進学して何か専門的なことを勉強して、それを将来に生かしたい気持ちもあるし、頭首になるための修行を続けたい気持ちもあるし......」
 どちらも嘘偽りない魅音の本心だ。
 おそらく両立はできないと魅音は思っている......だから、どちらを選べばよいか悩んでいるのだ。
 思考が堂々めぐりに入ってしまった娘を見かねたのか、母である茜がそっと切り出す。
「進路と言えばさ、圭一君はどうなんだい? 分校を卒業する頃にゃあ目指す大学もそれなりに絞ってたんだろう?」
「うん、中学の頃は東京六大学のどれかって思ってたみたいなんだけど、家の負担を考えると国立だなって」
「そうかい、圭一君は東京かい......」
「法律とか経営関係の専門的なことをこれ以上ないくらいにガッチリ勉強するなら、やっぱり東京だよね......それに、圭ちゃんがちょっと悔しそうに言ってたんだけどさ、どの大学を出たかってのは大きな肩書きだって。肩書きが仕事してくれるわけじゃないけど、肩書きがあるかないかでは世間の見方が違ってくるからって言ってた」
 魅音にはあまり馴染みのない感覚だが、学歴というものにはそれなりの価値がある。
「確かにね......レベルの高い学校は入るのも卒業するのも大変な努力がいるさね。その大変な努力を惜しまずにまっとうできたかどうかってのは大きな価値だろうねぇ......」
「圭一君は園崎の......雛見沢のために身を粉にして働く気構えなのだろう。有名大学卒業の肩書きを手に入れるのも、おそらくは働く場所の裾野を広げるためか......」
「そうだろうねぇ......普通の大学出じゃあ門前払いな事も、有名大学出ならすんなり通してくれることだってある。きっとそれを見越しているんだろうさ」
 魅音は両親の会話をじっと聞いている。
 圭一が自分よりもずっと先を見ていたことは身に染みて分かっていたことだが、改めて思うと本当に頭が下がる思いだ。
 圭一だけではない。
 レナも詩音も悟史も自らの目指す将来を早くに決め、今もそれに向かって日々邁進している。
 
 自分の将来を考え、それを実現するために今何をすべきか......もしかしたら、自分は漫然と生きてきたのかもしれない。
 漫然と頭首に必要なことを学び、漫然と次期頭首の務めを行い、漫然と頭首になる......そう思うとどこか焦りにも似たもやもやが心にかかってならない。
 「魅音」
「何、婆っちゃ」
「なんで大学に行こうと思うたんじゃ?」
 当然と言えば当然の疑問だろう。
 つい最近までは進学のしの字も口に出さずに頭首になるための修行を行っていた魅音が、急に進路の事について悩みだしたのだ。
 お魎は急かすことなく魅音が言葉をまとめて話し出すのを待つ。
「このまま頭首になって大丈夫なのかな......って。圭ちゃんは園崎や雛見沢っていう小さな枠に収まるような人じゃないと思う。いずれは皆の期待を背に世に出て行くんだろうなって......三郎おじさんの後をついで政治家になるかもしれないし、会社を立ち上げて頑張るかもしれない......お父さんの後を継いだにしても、きっと皆を守るために雛見沢の内外で戦うことになるんだと思う。その時にさ、私が何の知識もないままだったら、圭ちゃんのお手伝いができないよね......そう考えると、私も大学で勉強した方がいいのかな......って」
「魅音、そのアンタの考えは正しくもあるし間違ってもいるよ」
「え?」
 母の毅然とした声に魅音は首を傾げる。
「確かに圭一君は園崎や雛見沢っていう箱庭に収まるような人間じゃないさ。アンタの言う通り、箱庭をもっとよくするため、箱庭を守るために箱庭を飛び出していく男になるだろう。三郎さんの所で厳しい修行に明け暮れてんのも、どんな道に進もうとも凛として矢面に立てるようになるためさ。そんな圭一君を手伝いたいっていう気持ちは良く分かるし、それは至極正しい考えさ......でも、そのためにアンタがやらなきゃいけないのは大学で圭一君と同じことを学ぶことじゃないよ」
 魅音は神妙な顔になり、母の言葉を一字一句聞き漏らすまいとした姿勢になる。
「アンタがやらなくちゃいけないのは圭一君がその力を思う存分発揮できる環境を整えてあげることさ。一つ喩え話をしようか。圭一君は言うなればどんな悪路でも坂道でもガンガン走りぬける車であり、そして一級の技術を持ったドライバーみたいなモンになっていくだろう。圭一君はアンタを乗せてどんな困難も乗り越えていってくれる......でも、車はガソリンがないと走らないし、ちゃんと油をさしてやらないとガタがきちまう。同じようにドライバーにも食事や休息が必要だね」
「......私は圭ちゃんのガソリンやオイルになって、ご飯とかを用意してあげればいいの?」
「そうさ。それもとびっきり極上のガソリンとオイルになってやんな。ご飯は圭一君が泣いて喜ぶようなもんを作っておあげ。彼が疲れたらのんびりと休ませてあげな。まあ、こういったことはもう出来てるとあたしは思うよ。いつだったかね、圭一君と話したときに『魅音がいるだけで俺は元気百倍なんです』なんてバカなこと言ってたからねぇ......」
 呆れたように茜が言うと魅音はかぁっと顔を赤く染める。
 見れば祖母も父親も愉快そうに口元を歪めている。
「問題はここからさ。魅音、アンタはただ助手席に乗ってるだけじゃいけないね。それは分かってるようだけど、助手席でしなければいけないことは何だろうね? それはね、地図を見て目的地や走る道の状態を教えてあげることと、走る道に合ったタイヤを準備してあげることさ。これは園崎家頭首だからこそできる『手伝い』さ......」
「目的地を園崎や雛見沢の向かうべきところ、走る道を越えなければいけない障害、タイヤを圭一君の手足となって働く人達に置き換えてみなさい」
「あ......」
 両親の言葉にはっとする魅音。
「自分が何をすべきか分かったようだね......そのためにアンタが修めなきゃいけないのは物事や人間の真贋を見抜く目と、大きな視点でものを見れる心の余裕さ。それを修めるには見聞を広め、そして色んな人間と付き合って経験を積むしかないさ」
「圭一と一緒に東京へ行きな......」
「婆っちゃ?」
「婆様の言う通りだね。東京には色んな人間がいる、物事がある。雛見沢や興宮みたいにのんびりとしちゃいない。悪人だっている。それこそ、あの時みたいに5年もの間園崎を手玉に取ってた連中みたいなのだっているんだ。圭一君がそんな『外の人間』と相対する立場になるなら、それこそアンタは地図をきっちり読みきって、最高のタイヤを用意してあげなくちゃいけない。そんな素養を養うには、東京で圭一君と一緒に頑張ってみるのが一番だろうさ」
「でも、いいの? 私が東京に出たら......」
 心配そうに祖母を見る魅音に茜はお魎に変わって答える。
「婆様がいいって言ってんだ。遠慮なく行ってきな。まあ、それは圭一君が高校を卒業する時の話だろうからね......それまでの2年間で婆様の下で学ぶべき事はきっちり修めな。やり残しがあったらすっきりと東京に出れないだろうからね」
「そぉに心配せんでもええ。入江先生のおかげで大分調子もようなったからの......また会合で喜一郎や牧野の尻ぃ引っ叩いてやるわい」
「......分かった。婆っちゃ、宜しくお願いします」
 魅音はお魎に頭を下げ、そこで何かに気付いたような顔になる。
「あれ? えーと......思ったんだけど、私が圭ちゃんについて東京に行って、それで2人で頑張るのって......」
「予行演習みたいなものだな。お前と圭一君が本当の意味で園崎のトップに立った時のための、な」
「実戦に勝る稽古はないって言うだろ? 婆様の下で修めたことを東京でしっかり鍛え上げてきな。圭一君も三郎さんから学んだことを鍛え上げるだろうしね......そうだねぇ、いっそのこと、結婚生活は実戦にしちまうかい?」
「そりゃええの......圭一の卒業を待って祝言あげちまうか......おみゃあらが東京から帰ってきたときゃあ、こん家がちぃとは賑やかになっちょってもええんね」
「へ? け、圭ちゃんと結婚......」
「これ! 頭から煙上げてひっくり返りそうになってんじゃないよっ! 全く......後2年でこういうところも鍛えておかないといけないかねぇ......」
 これ以上ないくらいの赤い顔で機能停止してしまった娘を眺め、両親と祖母は深く深くため息をついたのだった。
 
 ちなみに。
 お魎が言った「この家が賑やかになってもいい」という言葉の真意に魅音が気付いたのは、それから数日後......圭一とのデート中のこと。
 仲良く機能停止した圭一と魅音は公園のベンチで手を繋ぎあったままオブジェと化し、夕暮れまで道行く人をニヤつかせていたという......

1: 匿名 『さ、さいこぉぉぉぉだぁぁぁぁぁ!!』 (2009/04/07 16:20)