ようこそゲストさん

Mr.D's Diary

2009/04/29(水) 器満たし編 ~Anothor~ TIPS:古兵

器満たし編 ~Anothor~ TIPS:古兵

 子供達が出て行った離れはしんと静まり返り、どこか物寂しい気分になる。
「どうだい、母さん。あの子らは中々のもんじゃないかい?」
「ふん……まだまだや。そぉでも、町会連中を説き伏せるくりゃあはできそうやの」
「おや……それはアレかい? 今から緊急の集会をしろってことだね?」
 公由の爺様がさも楽しげに言うと、母さんは鼻を一つ鳴らしてすっかり冷めてしまった茶をすする。
「それにしてもさ、ワシらが足踏みしてる間に子供達はどんどん育っていくんだね。一昨日なんて本当にびっくりしちゃったよ。誰かがこっそり教えたわけでもないのに、詩音ちゃんとレナちゃん、羽入ちゃんはお魎さんと北条の親父の関係に気付いたんだからね……盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ、ワシが出て行くと何かまずいような気がしてさ」
 爺様はそう切り出すと、詩音達がおやつを食べながら相談していたことについて話し出す。
「まあ、それをお魎さんに伝えに行ったらちょっと大変なことになってたんだけどさ。久しぶりに見たねぇ、お魎さんがあんなに慌ててたの。『魅音と梨花ちゃまが帰ってきぃひん!』って」
「おや、それは私も見たかったねぇ……でも、一昨日はちょっとどころか、かなり大変だったそうじゃないか。圭一君は過呼吸起こして診療所に担ぎ込まれるわ、魅音はその看病で診療所に泊り込むわで。まあ、大したことなくて良かったんだけどさ」
「あん坊主は……圭一は人を殴るのを心の底から嫌っちょる。けんど、大事なモンを守るためにゃあ殴らにゃああかん時もある。宗平さんもそうじゃった……あん人が鬼金棒振るう時ぃ、心の中でどんだけ血の涙流しとったか……」
 母さんはそう呟くとそっと仏壇を見やる。
「ワシは宗平さんの血の涙を止めれんかった。けんど、魅音なら圭一の血の涙を止められるかもしれんね」
「そうだねぇ……魅音と圭一君ならきっと上手くいくさ。でも、母さんの前であんだけの啖呵切れる男なんて、あたしゃ初めて見たよ」
「お魎さんを叱り飛ばせるの、宗平さんくらいだったもんねぇ。圭一君が宗平さんの生まれ変わりとまでは言わないけど、園崎の鬼神様になれって宗平さんに託された子じゃないかって思うよ」
「俺がなろうと思ってもなれなかったものに圭一君が、か。茜、圭一君には色々と教えないといけないな」
「あの素質を腐らせるわけにはいかないねぇ。園崎あげて圭一君を鍛えるかい? まあ、それはもうちょっと先のことだろうけどさ」
 あたしは亭主にそう返し、改めて母さんに目を向ける。
「それで、どうするんだい? 北条の親父と母さんとの間で交わされた約束のことをさ。大石の旦那が診療所で圭一君達の話を盗み聞きしちまったって言ってきた時は、正直言って驚いたよ。そん時は推測に過ぎなかったとはいえ、あの一件にまさかそんな裏話が……ってね。」
「ワシが今ぽんと話してもアカンやろ……茜らがたまげたくらいじゃしな。あん子らが町会説き伏せて村のモンが沙都子を本気で受け入れてからやの」
「それがいいかもね。いきなり事実を言ったらまた村が混乱しそうだしねぇ。ともかく、ワシは町会連中に声かけてまわるよ。ああ、そうそう。お魎さん?」
「なんね」
「圭一君と魅音ちゃんのこと、どうしようか」
「まだ早いんね。言ったらアカン……ええな、絶対言ったらアカン」
 母さん……その言い方だと「絶対言え」ってことなんじゃあないのかい?
「うんうん。分かってるよ。分かってるから大丈夫だよ、お魎さん」
 爺様のその言葉と表情に、あたしは一つの確信を持ってしまう。
 まあ、そういうことなら一口乗ろうかねぇ。
「じゃあ、ワシはここらでお暇するかね」
「よろしく頼むよ、爺様。ああ、葛西?」
「は、何でしょうか」
「圭一君のご両親に、今日の顛末を伝えてくれるかい? 後、あの子らのことだからまだ婚約のことは言ってないと思うから、そのことも一応頼むよ」
「承知しました」
 そして、爺様と葛西が連れ立って離れを出て行くのを見送ったあたしは今一度母さんに向き直る。
「それで、圭一君と魅音には『初仕事』を言いつければいいんだね?」
「せやな……あん子らがどこまでできるか、試してみるかの……」
「心配しなくても上手くさね。母さんのお墨付きはもらってるも同然だし、それに町会連中が圭一君に勝てると思うかい?」
 そう言ってあたしはけらけらと笑う。
 母さんだけじゃない……あたしも亭主も葛西すらも威圧されてしまった、あの鬼神様に勝てる人間なんて、少なくともこの雛見沢にはいやしない。
 唯一、魅音だけが鬼神様を鎮められる……そう、魅音は圭一君という抜き身の刀をおさめる鞘になれる人間だ。
「じゃの……」
「それに、あの子らには人の心を惹きつける何かがあるしね……だろ?」
「ふん」
「さて、あたしらはそろそろあの子らの所に行くよ」
「ちょお待ちぃ……ちぃっと聞きたいことがあるんじゃがの」
 立ち上がろうとしたあたしと亭主を引き止めるかのように母さんは声を上げる。
 こう、いつもとは違う……しかし、どこか懐かしい声音。
「なんだい?」
「その……け、圭一と沙都子は甘いものダメなんかのう……?」
 その言葉と声の調子にあたしも亭主も一瞬、きょとんとしてしまう。
「母さん、それはあたしじゃなくて魅音に聞いたほうがいいんじゃないかい?」
「まあ、そう言うな茜。義母さんだって照れることはあらぁな」
「かーっ! 茶化さんとダメかダメでねぇか教えんね!」
「あたしが知るワケないさね! アンタも何空気の読めない台詞吐いてんだい!」
 母さんの睨みをバケツリレーする要領であたしがたしなめると、亭主はデカイ図体をもぞもぞと小さくする。
「義母さんも茜もそう怒るなって……後で本人達に聞いてみりゃあいいじゃねぇか」
「後でって、聞くのはあたしかい?」
「俺や義母さんが聞けると思うか?」
 まあ、そりゃそうだねぇ……
「はあ、分かったよ。後であたしが聞いておくよ。それにしても、いきなり何の吹き回しだい? まさか、おはぎをあの子らにたんまりと振舞おうってんじゃないだろうね?」
 あたしが観念したように言うと、母さんは顔を隠すようにして湯呑みを傾ける。
「じゃあ、今度皆で来るときは前もって連絡しとくようにも言っておくよ。それでいいね?」
 更に言うと、今度は茶をすする音が聞こえてくる。
 全く、素直じゃない……
「もういいかい?」
「茜……そぉとな、圭一と魅音に言っちょき……おみゃあらがどんな付き合いしようが勝手じゃ、けんど、毛饅頭は食ったり食わせたりするでね、ってな」
 ぴきっ、と亭主が固まり、あたしは深く溜息をつく。
「母さん……あの子らが毛饅頭の意味分かると思うかい? まあ、そう言っておくよ。ほら、アンタも固まってないでとっとと歩いた歩いた!」
「お、おう……」
 ガチギチと音を立てそうな亭主を後ろから押すようにしてあたしは離れから出て行く。
 その後ろで母さんがどこかほっとしたような息をつくのを感じ、あたしもまた心が温かくなるのを噛み締めたのだった。


名前:  非公開コメント   

E-Mail(任意/非公開):
URL(任意):
  • TB-URL(確認後に公開)  http://dtany.net/mr_d/0166/tb/