▼ 2009/05/26(火) ひぐらしのなく頃に ~器満たし編~ 第23話(前編)
ひぐらしのなく頃に ~器満たし編~
第23話(前編)
集会所から家に帰ってきた俺と沙都子は玄関の鍵を開けて家に入る。
親父とお袋は仕事の関係で今夜から家を離れていて、今日の集会所でのドタバタに立ち会ってはいない。
とはいえ、俺と魅音の関係はばっちりと知られてしまったのだが……正直言って、帰宅してきた時が恐ろしくてならない。
「まあ、好都合っちゃあ好都合だけどな」
「好都合……ですか?」
「まあ、少年少女がこっそり集まって夜更かしなんて、褒められたもんじゃねぇからな」
「ああ、確かにそうですわね……明日は何本チョークが飛ぶんでしょう……」
「それを考えると憂鬱だな……」
そう、今夜は俺のジムで梨花ちゃんから「大事な話」を聞く予定だ。
そこにはいつものメンバーだけではなく、茜さんと葛西さんも加わることになっている。
しかし、一体何の話なのだろう……分かっているのは、この申し出をしてきた時の梨花ちゃんの顔が、あの時と……そう、俺にレナと沙都子の危機を教えてくれた時のそれと同じだったということだ。
まさか、また俺の大事な人たちに何か災いが降って来るのだろうか?
そう考えただけで頭を激しく揺さぶられるような不安に襲われてしまう。
「けど、絶対に振り払ってやるぜ」
そうポツリと呟いた時、インターホンが軽やかに鳴る。
一番乗りは誰だろうか、とさっきの不安を押しのけるように考えつつ、俺は玄関を開けて来訪者を迎える。
「こんばんわ。茜さん、葛西さん」
「はいよ、こんばんわ。おや、一番乗りはあたしらかい?」
「ですね。魅音達は秘密基地の場所分かってるんで、先に案内しますよ。っと、玄関に張り紙しとくか……」
「秘密基地ですか……ガキの頃を思い出しますな」
「葛西、あんたにもガキだった頃ってあったんだねぇ」
「まあ、それなりには」
「葛西さんの秘密基地ってどんなのだったんですか?」
「山の中に丸太や木の枝を使って、不細工な小屋みたいなものを作ってましたな」
「へえ……」
「あ、そういえば裏山でトラップの勉強している時、何か小屋の残骸みたいなものがちらほらありましたわ。あれは葛西さんの秘密基地でしたのね」
「ほう、まだ残ってましたか……」
そんな会話をしつつ、俺は物置改装の秘密基地に二人を通す。
「埃っぽいかもしれませんけど、どうぞ」
「ほう、これは中々見事に作ってありますな」
「そうだねぇ。魅音といい勝負したってのも、これなら納得できるってもんさ」
茜さんと葛西さんはジムの中を見渡し、やがて床に目を走らせる。
「あ、しまった。今日は掃除してなかった……」
足跡が残る床を見た俺が思わず声を出すと、二人は「いいんだよ」と笑ってくれる。
「ちょっと興味が沸いてきたねぇ。圭一君、ちょいと見せてくれないかい?」
「見せるって……俺の拳闘ですか?」
「まあ、構えて素振りするだけでいいさね。ほら、とっととやったやった」
「は、はぁ……」
まあ、魅音達が来てからじゃそんな余裕はないだろうし、別に葛西さんと手を合わせるわけでもないから、と気持ちを切り替えて俺は今の自分を二人に見せることにする。
左半身になり、左手を腰の前でゆらゆらと揺らして右手は肩口に。
富竹さんがデトロイトスタイルと教えてくれた、テレビで見たボクシング世界チャンピオンの構え。
数日間やってみた感じ、肩の力がより一段と抜ける分、ジャブが前よりも速く打てるようになった気がする。
しかも、魅音が言うには「パンチの軌道が読みづらい」とのことだ。
もちろん、今の俺じゃあ素人の真似事レベルなんだろうけど……
「んじゃ、始めます」
言って、俺はシャドーボクシングみたいなことを始める。
そういえば、じっちゃんからはストレートしか習えなかったな……フックやアッパーカットなんて本当に素人パンチだろうな。
「ん、もういいよ。大体分かったかね」
「はい」
茜さんの声で俺はシャドーを止めて一息つく、と沙都子が「お疲れ様ですわ」と壁にかけていたタオルを渡してきてくれる。
「圭一君の歳とか一人稽古ってことを考えても、圭一君は中学生にしちゃ強い方だと思うよ。まあ、これは魅音にも言えることだけどねぇ……ただ、圭一君は大きな間違いをやらかしてる」
「間違い?」
「もっぺん構えてみな」
言われ、俺は首を傾げつつももう一度構える。
「それさ。その構えに大きな間違いがあるのさ。床の足跡から見るとね、圭一君がやってる基本稽古は右半身だってことが分かる。ほら、そこの素振り刀を振るときは右手前だろ? それなのに、その構えは左手前になっちまってる」
「おそらく、圭一さんのそれはボクサーを見て盗み取ったものなのでしょう。ですが、圭一さんの打ち方はボクサーのそれではなく、武道や武術のそれに近しいものです」
「あ……そういや、じっちゃんの拳闘って中国拳法の要素が土台にあるんだった」
「そうかい……さて、気付いたところで正しい構えを取ってみな。そうそう、そんな感じさ。その構えで、さっきの、下から斬り上げるパンチをやってみておくれ」
「はい」
何度かやってみるが、いきなり逆さまのことをやるというのは結構難しい。
「えーと……こうか」
左でやっていた時の感覚を一つ一つ思い出しながら続けていくと、やがて俺自身でも驚くくらいの風きり音が空気を引き裂き始めた。
「まるで居合いですな」
「すげ……こんなの初めてだ」
「ふふ、これは何とも教え甲斐のある生徒だね。いいかい、圭一君。このことを例えにするのも何だけどね……世の中にゃ表と裏っていうのがある。今まで正しいと思っていた『表側』が実は間違いで、『裏側』が真実だってぇのはよくある話さ。それを忘れるんじゃないよ」
「はい!」
「いい返事だ。それにしても、魅音達はまだかねぇ……」
「玄関に張り紙してありますから大丈夫だと思うんですけど」
「我々と違って、家を抜け出す形になりますからな……」
葛西さんの言葉に俺は小さく唸ってしまう。
「今のうちに飲み物でも用意しておきますわね。圭一さん、冷蔵庫を開けてもよろしいですか?」
「ん? ああ、そうだな……確かジュースのパックがあったはずだから……紙コップの場所は分かるな? ってか、一人で大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですわ。行ってまいりますね」
にこりと笑った沙都子がジムを出ていくと、茜さんが一つ息をつく。
「本当、あんないい子を邪険にしてたなんてねぇ……はやいとこ罪滅ぼししないとバチが当たっちまうよ」
「バチが当たる前に、悟史さんの行方を突き止めたいものですな」
「悟史か……いい兄貴だったって聞くけど……」
「詩音が懐くくらいだからね。見た目は優男だけど、芯はしっかりしてたんじゃないかねぇ……」
それなのに、と茜さんが続けそうになった時、葛西さんがジムの外に目を向ける。
「皆さんが来られたようですな」
その言葉通り、ややあって見慣れた仲間達がジムに入ってくる。
「ジュースを取ってきた帰りでお会いしまして、そのままお連れしましたわ」
「やっほー。やー、婆っちゃが今日に限って寝るの遅くってさ。遅くなってゴメンね」
「みぃ、何だか遠足前の子供みたいだったのです」
「お爺ちゃんが帰ってくる前にどうにか……と機会を探ってたら、結局こんな時間になってしまいましたね……」
「町会の人たちはまだ集会所なのです。今夜は飲み明かしなのですよ……」
「お父さん…就職先の手ごたえあったんだって。それでちょっと前祝しちゃったんだよ」
「レナ、それ本当か! 良かったな!」
申し訳なさそうな口調の中にも嬉しさがこもったレナの言葉に俺が声を上げると、仲間達も口々に喜びの声を上げる。
「後は採用通知がいつ届くかなんだよ。もう大丈夫、お父さんもレナも……今日はそれよりも、梨花ちゃんの話の方が大事なんだよ」
「っと、そうだったな……とりあえず、ジュースを回そうか……」
「りょーかい。じゃあ、私が注ぐね」
「んじゃ、俺が渡していくか」
そして、魅音が紙コップに注いだジュースを俺が皆に配っていき、場が場なら乾杯の音頭でもしたいところだが、今夜はそんな時じゃない。
「梨花ちゃん、話してくれるか?」
「…………はいなのです」
俺が促すと梨花ちゃんは長い沈黙と逡巡の後、しっかりと頷く。
「このお話をすることは、本当のところはすごく迷っていたのです。でも、皆なら信じてお話できるのです」
「梨花ちゃん、深刻な話……なんだね?」
「はいなのです。これは魅ぃの言う通り深刻なお話……回りくどくお話しても手短に言っても皆が困るのは間違いないので、手短にお話しますのです」
梨花ちゃんはそこで一息入れ、何かを宣告するかのように口を開く。
「このままでは、5年目は必ず起こります。そして、その犠牲者には僕が入っているのです」
え? と声を上げることすら出来ない。
5年目、とは鬼隠しのことだろう。
そして、その犠牲者に梨花ちゃんが……?
その場に居る誰もがどう反応していいのか分からず、ただただ戸惑っているのが分かる。
「あ、あはは、梨花ちゃん。冗談にしちゃ……」
「冗談ではないのです」
魅音が場の空気を破ろうとした言葉はぴしゃりと遮られ、再び戸惑いの沈黙が渦巻く。
「……梨花ちゃん、それは本当なんだな?」
と、俺の口からそんな台詞がもれ出てくる。
「はいなのです」
「そっか……梨花ちゃんの顔を見れば、俺達をからかってどうこうってのはないだろうな。でも、どうして……なんだ? どうして梨花ちゃんが……」
「それは……」
梨花ちゃんはしばし言いよどみ、それでも拳を握り締めて俺たちをじっと見詰める。
「……それは今ここでは言えないのです。でも信じてくださいなのです! 綿流しの夜、5年目が起こって……もっと酷いことが起きるのです!」
悲痛……と言っても過言じゃない表情と声が俺達に投げかけられ、俺はそれを受け止めきれずに少し俯いてしまう。
正直言って、頭の中がこんがらがってしまっている。
何で梨花ちゃんが、一体誰が、もっと酷いことって何だ、そもそも梨花ちゃんの話は信じられるのか……
と、そこで梨花ちゃんがこの話をする前に言った言葉を思い出し、俺ははっとなる。
「皆を信じて」
梨花ちゃんはそう言った。
梨花ちゃんは悪戯好きだし、時々とらえどころがなかったりするけど、仲間のために一生懸命になれる子じゃないか。
俺はそれを目の当たりにしてきた一人じゃないか。
そんな彼女が俺達を信じてSOSを出している。
なら、俺の取るべき行動は……
「俺、梨花ちゃんを信じるぜ」
「圭……ちゃん?」
「圭一?」
魅音と梨花ちゃんが声をあげ、他の皆も戸惑いの表情のまま俺を見詰めてきた。
「確かに、梨花ちゃんの話は突拍子もないし、材料というか情報は殆どない。だけどよ、俺達は知ってるはずだ、分かってるはずだ。梨花ちゃんがこんなことを冗談でも言うような人間じゃねぇってことをよ」
それは俺よりも皆の方がよくよく分かってる事だろ? と言外に含ませて俺は言葉を続ける。
「それに、梨花ちゃんはこれまでレナと沙都子のために一生懸命頑張ってきた。皆で頑張れば二人を絶対に救えるってな。そんな梨花ちゃんがこんな悲痛なSOS出してきてんだ、俺達を信じてな。これで梨花ちゃんを信じなかったら、俺達の絆は一体なんだったんだってことになりゃしねぇか?」
少しずつ、皆の顔から戸惑いの色が消えていくのが見て取れる。
そうだ、誰もが梨花ちゃんを信じたいんだ。
ただ、梨花ちゃんが死ぬっていう事に対してどうすればいいのかっていうプレッシャーが戸惑いになってるだけなんだ。
「……繰り返すけど、梨花ちゃんの話は突拍子もないし、情報不足だ。けど、梨花ちゃんは『このままだと』とも言った。それは、俺達が目一杯最善を尽せば、はね返せる惨劇ってことなんじゃねぇか?」
「圭一さんは……怖くないのですか?」
沙都子が思わず、といった感じで声をかけてくるが、俺はそれに笑みをもって返す。
「怖い……な。梨花ちゃんの命を狙う奴が雛見沢にいるかもしれないなんて思うと寒気がすらあ。でも、俺はそれよりももっと怖いことがあるんだよ」
俺はそこで一つ息を置き、改めて皆を見詰める。
「梨花ちゃんの話を、いや、梨花ちゃんを信じないで何もしないで、もし梨花ちゃんが本当にって思ったら……俺はそっちの方が怖いんだよ。そうなるくらいなら、とことん頑張って足掻いて、それで結局何もありませんでしたーっていう方が絶対にいいし、俺はそうであって欲しいって思ってる。そしてもし……」
「本当に梨花ちゃんの命を狙うロクデナシがいたら、皆で力を合わせて全力でぶっ飛ばす……そうだね、圭ちゃん」
「ああ、その通りだぜ、魅音」
「皆、圭ちゃんが言う通りだよ。少なくとも、梨花ちゃんは命の危険を間近に感じてる。それなら私達がやるべきことは一つ!」
魅音が俺の横に進み出て俺と同じように皆を見詰める。
「そうだねぇ……梨花ちゃま、それはオヤシロ様のお告げってことや、梨花ちゃまの予感ってことにしてもいいのかい?」
「……はい。そう思ってもらってもいいのです」
「そうかい……悪いお告げや予感ってぇのは当たらないのが一番いいのさ。かといって、何もせずに手をこまねいてたんじゃあ、それが本当だった時にただ諦めて後悔するしかないのも事実さ……あたしはもうそんな後悔なんざしたくはないからね。表立ってどうこうはできないけど、あんたらが本気なら手を貸すよ」
百人力……茜さんの弁にそんな言葉が思い浮かぶ。
「皆、梨花ちゃんを信じようぜ」
「……そうだね、圭一くんや魅ぃちゃんの言う通りだよ。レナも、何もしないまま後悔なんてしたくない」
「そうですわね。梨花の身が危険ならば、わたくし達は梨花を守るのが務めですのよ。わたくし達は仲間なのですから」
「もし何もなかったら、梨花の壮大なドッキリで済ませちゃえばいいのです。シュー山盛りでいいのですよ」
「私の意見は……聞くまでもないですよね? 皆さんがそう言うのでしたら、この詩音ちゃんも頑張りますよ」
「意見はまとまったようだな。そういうことだ、梨花ちゃん。俺達は梨花ちゃんを信じるぜ」
俺が皆を代表して梨花ちゃんに告げると、梨花ちゃんは声もなくただうんうんと頷いて応えてくれる。
「でも、綿流しの夜にって言うけど、その前に相手が動くってことはないのか?」
そして、ふと思い立った疑問を梨花ちゃんに向けると、梨花ちゃんは少し考えてから口を開く。
「それはないと思うのです。相手は『鬼隠し』に強いこだわりを持っているはずなのです」
「……こだわり……か。ただ単に『鬼隠し』を隠れ蓑にってことじゃなさそうだね」
「けど、相手が綿流しの夜まで動かないっていう可能性が高いなら、梨花ちゃんを守る方としても対策は立てやすいんだよ」
「まあ、もうしばらくウチにお泊りは決定だね。お母さん、葛西さん、組の人が警護に着てくれるってのは難しい?」
魅音の問いに茜さんは小さく唸る。
「組のモンを何人も動かすにはもうちょっと確固たる情報が欲しいところだね……まあ、若いのを交替で一人か二人ってところかね。母屋の裏に使ってない物置あっただろ? あそこを詰め所にすればいいさね」
「ありがとう、お母さん。登下校とかは皆が側にいるから何とかなると思うけど……あれ? どったの圭ちゃん、難しい顔してさ」
「ああ、あんまり関係ないと思うけどさ、ちょっと疑問に思ったことがあってな……『鬼隠し』って1年目以前にもあったのかなってな」
俺がそう言うと皆が……茜さんですらも「あれ?」という顔になる。
「言い伝え通りなら、1年目以前にも……その、何だ。村に反抗的な人が『鬼隠し』に遭ったっていう話はあるだろうし、もしそうならこの連続怪死事件をわざわざ『1年目の鬼隠し』って言うのもどっか妙だ。なあ魅音、1年目以前にも……ごく近い過去にも『鬼隠し』ってあったのか?」
「ううん。私は婆っちゃから『昔はそういったものがあった』って教えられただけで、こんな怖い事件は1年目が初めてだよ。それこそ、私が生まれてからこっち、雛見沢で何か事件が起こったのもあれが初めてだもん……」
「お母さん。お母さんの方はどうなんですか?」
「そうだねぇ……あたしがアンタらみたいだった頃はまだ戦争の影が残ってて、ちょっとは騒がしかったけどね。ヤクザ者同士の衝突もあったし、野盗紛いのロクデナシもいたもんさ。ただ、『鬼隠し』みたいなものはなかったはずさ。かくいうあたしも鬼婆様から言い伝えられてるだけなのさ」
「ってことはさ、『鬼隠し』ってずーっと昔にはあったけど、少なくとも茜さんが生まれる頃にはただの言い伝えになってたってことか。そうなると、こう……1年目が何か唐突すぎるな」
皆が俺をどんな目で見ているかなんて気にも止まらない。
俺はただ頭の中でぐるぐる回る思考を口に出して確認していく。
「いや、そもそも……『鬼隠し』って言い伝えどおりのことが本当にあったのか? そうだとしたら、お魎さんがここまで手をこまねいているなんておかしいぞ。それに、さっき茜さんに言われたことだけど、何事にも表と裏があるって……『鬼隠し』の言い伝えにも裏がありゃしねぇか?」
「………言われてみればそうですね。言い伝えどおりと言いますか、村内の不穏分子を排除するだけならそれこそ2年目で終わっているべきですし、それもただの事故、園崎どころか雛見沢自体が無関係ってことが分かりました。3年目は……自殺と病死、4年目は…………4年目は……」
「詩音さん、無理をしてはいけませんわ。ですが、そうなると不幸な出来事は全て『鬼隠し』と言って誤魔化しているようにも見えますわ」
「ボクも古手の者として言い伝えは聞いていますのですが、1年目から4年目の鬼隠しは言い伝えとはまるで違うのですよ。一人が死んで一人が消える……でも、この『鬼隠し』は犠牲者の人数も何もかもが違うのです」
「そんな出来事を『鬼隠し』の言い伝えで誤魔化して……疑いの目はみんな園崎家に集まっちゃってたよね。あれ? もしかして……梨花ちゃんが犠牲になる『5年目』って……」
レナの言葉に俺は一つの可能性を口に出す。
「この雛見沢で起こった不幸な事は全て園崎家が暗躍していると誰もが条件反射的に信じ込んでしまう。そんな雛見沢の性質を知った人間が愉快犯的に……『言い伝えどおりの鬼隠し』を起こそうとしている?」
むしろ、園崎家の家訓には信じ込ませるように頭首は動け、ということなのだが……それは仲間といえどもおいそれと話せることじゃない。
「つまり、園崎を利用しようっていう不届きな輩がいるかもしれないってことかい。それなら、若いモンだけじゃなくて、もうちょっと人数を回せそうだねぇ。葛西、組の中で使えそうなのを何人か見繕っておきな」
「はっ」
「そういえば梨花ちゃん、5年目の話をするのは俺達が始めてか?」
「いえ、ずっと前に……ダム戦争の最中に出会った人に話したことがあるのですよ。多分、子供の冗談だと思われて、もう忘れてしまっていると思うのです」
どこか寂しそうな顔になり梨花ちゃんに俺は更に質問を続ける。
「それはどんな人だ?」
「みぃ……東京の公安の人で……赤坂というのですよ」
梨花ちゃんがそう言うと、茜さんと葛西さんが「ああ」と声を上げる。
「あの元気な公安の子かい。あん時は色々世話になったねぇ……」
「あの年齢にしては随分としっかりした印象がありましたな……」
「なあ、その赤坂さんにも協力してもらうってのできねぇかな?」
俺の思いつきに園崎家の一同が驚きの表情を浮かべる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。圭ちゃん。公安っていったら、その……園崎組みたいな組織とは水と油だよ?」
「そうですよ。ある意味警察より厄介なんですから……」
「これは園崎のためじゃねぇ。梨花ちゃんのためだ」
俺が魅音と詩音の反対に厳しい声を向けると、茜さんがふっと息を吐く。
「それに、公安ってんなら清濁併せのむ度量がなきゃやってらんないんだよ。町中であたしら任侠もんとやり合ってる大石の旦那とは立場が違うんだよ」
「茜さん……魅音さんと詩音さんの言われる事にも一理あると思うのですが……」
「あんた、圭一君を若とか二代目とかって呼びたいのは分かるけど、この男をただのやくざもんにしたいって言うんじゃないだろうね?」
う、また二代目の話か…けれど、茜さんがGOサイン出したのならこの話は決定したも同然だろう。
「そうだね……園崎がどうとか言ってる場合じゃないよね。この雛見沢を惨劇の場所にしようとしてる不届き者がいるかもしれないんだ。あはは、私ってダメだなぁ……圭ちゃんとお母さんに叱られて思いなおすなんてさ」
「そうですね。私も守るべきものを間違うところでした……でも、公安って仕事柄、個人情報はほとんど表に出てませんし、電話をしてどうこうはできませんよ?」
詩音の懸念はもっともだが……それに茜さんは意地の悪そうな笑みを浮かべ、一言こう言い切った。
「葛西、東京に行きな」
「は?」
「東京にも園崎の情報網は多少なりとも張ってあるし、そもそも、ダム戦争で一勝負やらかした相手だ。網に引っかかってはいるさ。それを手繰れば赤坂っていう男に辿り着けるさね」
「はあ……ですが……」
「葛西、梨花ちゃま自身を行かせるわけにはいかないでしょう? あなたが適任です。それに、二代目たる圭ちゃんのお酌でジュース飲んだんです。これくらいの働きは当然でしょう」
茜さんと同じような笑みを浮かべた詩音が畳み掛けると、葛西さんはどこか哀愁を漂わせた笑みを口元に浮かべ、「分かりました」とだけ答える。
「葛西さんがかわいそうになってまいりましたわ……」
「みー……葛西はコキ使われるのが運命なのですね」
「あう、きっと前世も来世もこんな運命なのです……」
ちびっこ3人組の呟きがダメ押しとなったのか、葛西さんの肩がちょっと落ちる。
「と、ともかく。『鬼隠し』の言い伝えのことをお魎さんに聞いてみようぜ。もしかしたら、それが犯人に結びつくかもしれねーし」
「そうだね。『鬼隠し』を言い伝え通りに模倣しようってことなら、相手も雛見沢の歴史について色々調べてると思うし、私達も詳しい事を知っておけば手口とかも予想できるかもしれないんだよ」
「じゃあ、それは明日の学校が終わってからかな。私から婆っちゃに話をしてみるよ」
「魅音、あたしも一緒に話をしてあげるよ」
「ありがとう、お母さん」
今夜のところはこのくらいだろう。
「葛西さん……大変でしょうけど、よろしくお願いします」
「は……ところで、赤坂氏には何とお伝えしましょうか?」
「………『私を助けて』……古手梨花がそう言っていたとだけでいいのです」
「承知しました」
「じゃあ、今夜のところはこれで解散だな。知恵先生のチョークを喰らわないよう、帰ったらぐっすり寝るんだぞー」
俺が軽い口調で言うと皆の笑い声が流れ、今夜の話し合いは終わりとなった。
そして。
これが全ての始まりだった。
- TB-URL(確認後に公開) http://dtany.net/mr_d/0168/tb/