▼ 2009/08/24(月) 器満たし編 ~Anothor~ TIPS:レール
器満たし編 ~Anothor~ TIPS:レール
カンカンカンという音と赤い点滅が近づき、そして車窓にとどまることなく通り過ぎていく。
少し身じろぎして座席に座りなおし、規則正しく心地よい揺れに身を任せて私は東京での出来事を思い出す。
帰宅途中の夜道で私に声をかけてきたのは、「いかにも」といった風情の男だった。
敵意らしい敵意は感じなかったものの、それなりの警戒をもって誰何したところ、彼は表情を全く崩さないままに、
「園崎の者です」
とだけ答えた。
園崎……そう聞いた瞬間、私の頭には5年前に関わったある事件のことが鮮明に思い出された。
あの事件は、もはや国と小さな集落との戦争と言っても過言ではないだろう。
その時、村側の絶対的なリーダーとして、そしてあらゆる手段……かなり荒っぽい手段をもって国側に対してきたのが園崎という組織だった。
彼らは日本全国に何がしかの形で根付いているとも噂され、事実、政財界に微弱ながらもそれなりのツテがある。
そんな組織の一員が何故今頃……
「よく私の居場所が分かりましたね」
「私は園崎の者です、と申し上げたはずです……ここで事を構えるつもりなど毛頭ありません。私はただ、とある方からの言葉を伝えに来ただけです」
「とある方?」
「古手梨花……という方をご存知ではありませんか?」
その名前を聞いた時の衝撃は言葉にするのが難しい。
5年前に出会い、不可思議な予言をもって私の妻の命を救ってくれた少女……少なくとも、彼女の言葉に従ったおかげで結果的に妻の命が消えずに済んだと私は思っている。
その、いくら感謝してもし足りないくらいの彼女から今度は一体……
「……梨花ちゃんは一体何と?」
「……『私を助けて』……それだけです。では、私はこれにて……良い返事をお待ちしておりますよ」
立ちすくむ私に一瞥もくれずに男は踵を返して漆黒の宵闇に消えていってしまう。
残された私は男から伝えられたメッセージを頭の中で何度も繰り返し……
「思い……出した」
小さく呟き、家路を駆け出した。
「おとーさん、おとーさんってばー」
「え? ああ、どうしたんだい美雪」
「あなたったら窓の外見てぼーっとしてるんですもの。美雪は心配になっちゃたのよね」
「うん」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてたんでね」
物思いにふけりすぎてしまったようだ……私は笑顔を作って妻と娘に答え、ついでこれから行く場所……雛見沢村についてのことを話し出す。
「そんなに綺麗なところなんですか」
「ああ。ダムの底に沈めるには勿体無いって思いながら仕事してたけどね……ちょっと複雑だったなぁ」
「ねぇ、小鳥さんとかもいる?」
「いっぱいいるぞ。狐さんや狸さんとかにも会えるかもしれないぞ」
「わぁ、楽しみだなぁ……」
そんなことを話していると、私達の席に近づく気配が二つ。
「こんばんわ。失礼ですが、雛見沢のことを話されていたようですが……」
声をかけてきたのは夫婦らしい男女。
年恰好からして中学生か高校生くらいの子供がいるかもしれない。
「ええ……久しぶりに休みが取れたので家族で行ってみようかと。私だけなら5年前くらいに行ったこともあるんですが。あなた方は……?」
「ええ、ほんの1ヶ月前に雛見沢に越してきた新入り住民ですよ。空気もいいし、景色も綺麗ですし……息子も随分と明るくなりましたしね。引っ越してきて正解でしたよ」
「近所付き合いだけはまだ慣れませんけどね。隣三軒何とやらってのは、東京出にはちょっと……」
「確かに、ああいったところは住人同士の結びつきが強いですし、時には排他的になるとも聞きますが……息子さんがよい方向に行っておられるなら、やはり正解なのでしょう」
「そう言って頂けるとありがたいですな。ところで……そちらの娘さんはあなた方の?」
「ええ、美雪と言います。ほら、挨拶なさい」
「あかさかみゆきです」
「可愛い娘さんですな……モデルになって頂けますか?」
「もでる?」
男性の唐突な申し出に私達一家は少々面食らってしまう。
「ウチの人、一応は画家でして……老若男女風景問わず、気に入ったものを見るとすぐにモデルにしたがるんですよ……」
「ああ、画家さんでしたか……美雪。この方が美雪の似顔絵描いてくれるそうだけど、どうする?」
「美雪の似顔絵……いいよ! おじさん、綺麗に描いてね」
「はは、お任せを」
男性は満面の笑顔を美雪に返すと自分の荷物からいそいそと筆や紙を取り出し、作業を始める。
「お父様が画家となると、息子さんもそういった道に?」
「さあ……あの子にそっち方面の才能があるかどうかすらまだ分かりませんから。今はボクシングの真似事をしていますが……いずれにしても、人様のお役に立てるような……誰かを助けられるような人間になってほしいとは思ってます」
「そうですか……ボクシングはジムか何かに?」
「いえ。先日に亡くなりましたが、あの子が懐いていた叔父様が昔に選手だったそうで……」
「なるほど」
そうやって女性との会話を続けながらふと男性と美雪の方を見ると、男性は一心不乱に筆を走らせており、その姿からは何か熱気のようなものも感じる……少々異様なものも感じたが気のせいだろう。
「……よし。はい、できたよ」
しばらくして男性は一息つき、スケッチブックをくるりと裏返して出来上がった似顔絵を私達に見せる。
「うわぁ……」
「まぁ……よく似てますね……」
感嘆の声をもらす妻と娘。
私も思わず唸ってしまうほどにその似顔絵は娘の特徴を見事にとらえ、生命力に満ち溢れている。
「はは、有難うございます。この絵はお嬢さんに差し上げましょう……」
「わぁ、ありがとう!」
嬉しそうにはしゃぐ娘の頭を撫で、私はさきほどの会話を思い出す。
『誰かを助けられるような人間に……』
あれから5年。
私はそんな人間になれただろうか。
いや、なれたかどうかではない……
「そうそう。まだお名前を聞いてませんでしたな……似顔絵にサイン入れますので教えていただけますか?」
「うーん、と……赤坂美雪です」
「赤坂美雪ちゃんですな……はい、これで完成ですよ」
改めて渡された娘の似顔絵を眺めながら、片隅に書かれたサインを見ると、そこには『前原伊知郎』という文字。
「前原さん……ですか」
「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたな。私は前原伊知郎。そしてこっちが妻の藍子です」
「私は赤坂衛と言います。こっちが妻の……」
そうやって遅めの自己紹介を済ませ、前原夫妻と私達一家はその後も歓談を続ける。
規則正しい揺れと楽しい会話に身を任せ、私は再び5年前のことを思い出す。
レールが分かれてし5年もたってしまったけれど、またこうやってレールは1本に重なり合った。
随分待たせてしまったかな……でも、君を苦しめる何かから必ず助けだして見せるよ。
待っててくれ、梨花ちゃん。
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1: 砂漠の塵 URL 2009年08月24日(月) 午後11時39分
ほわぁ~
前原夫妻と赤坂一家の会話ってのは新鮮ですねぇ。なんだかとってもほんわかしました。葛西さんはやっぱり渋いなぁ☆